よみもの・連載

『沖縄。人、海、多面体のストーリー』 刊行記念座談会
――復帰50年、「沖縄を書く」ということ

森本浩平×松永多佳倫
進行:文庫編集部 江口洋
構成・文:宮田文久

江口
県外作家の2本目は、吉田修一さんの「小さな恋のメロディ」。
松永
都内でライターをしている女性が、いまは郷里でバーを営む、かつて高校水泳部の後輩だった男性をネットで見つけて……という小品です。
森本
偶然の再会を描く、とても軽やかな短編ですね。
松永
極端に短くてサラッと読めるからこそ、余韻を感じながら、考えさせられるものが残るといいますか。
江口
吉田さん独特の筆運びで、書かれていることの奥のほう、向こう側のようなものが、短い作品のなかで感じられるんですよね。冒頭の2編を読んで、ああ、県外作家さんが描く沖縄というのは、やっぱり旅とセットなんだな、ということも改めて感じました。森本さんも巻末で「沖縄の旅にはストーリーがある」と書かれてますね。
森本
旅のなかで、県外の人と沖縄の人が触れ合う――そういう交流って、沖縄に住んでいると本当によくあるし、沖縄のよさだとも思うんですよね。「小さな恋のメロディ」も、この小説が終わったあとに、ふたりはどうなったんだろうと想像が広がります。
江口
沖縄がもつ湿度が伝わる作品でしたね。続くは、花村萬月さんの「金城米子さん」です。視点としては私小説的で、同時にその文体が凄まじいです。小説の前半、ユタに会いに行く道中から、祈祷が始まるまでを描くのは、まったく句点のないままに延々と続いていく、くらくらするような文章で……。
松永
もう、一言、最高ですよね(笑)。花村先生は個人的にも敬愛する方ですが、あんな独特の書き方、思いつかないですよね。
江口
本当にすごいですよね。
松永
圧巻です。そして実は、江口さんも出てきます(笑)。
江口
はい、恐縮です(笑)。
森本
読む側も引きずり込まれていくようなあの文章が、語り手が体験しただろう現場の情景やリアリティーを感じさせますよね。
江口
ユタの女性から、どんどんと矢継ぎ早に語りかけられている感じが伝わってきます。
松永
まるで脳に直接語られている言葉が小説になっているような感じですよね。そして最後はガラッと文体が変わって、これまた「やられた!」と感服しかありません。
江口
驚きの一編ですよね。これはもう、読んで体感していただくしかありません(笑)。そして県外作家の小説パート、最後は椎名誠さんの「珊瑚礁の女」。映画の企画で石垣島を訪れた語り手が、“普通ではない珊瑚”を見せたいと連絡してきた女性と会い……これもまた、旅先での出会いを描く小説です。
松永
ここにはやはり、沖縄をどの立場からどう描くのかという、答えのない問いが横たわっているように感じます。すこし私的なことを先にお話ししますが、僕はここ十三年間沖縄に住んでいるのですけれども、慣れたとはまったく思っていません。むしろ沖縄に来たことで、余計に沖縄のことがわからなくなりました。戦後がまったく終わっていない、というようなことも含めて、です。かつ、「『わからなくなった』ということがわかった」と何言ってるかよくわからないですが、とにかく沖縄を知った気にならなくてよかったと思っています。今までの概念が全部崩されて、よりわからなくなったということを実感しているわけです。
江口
わからなさを見つめている、と。
プロフィール

森本浩平(もりもと・こうへい) 1974年生まれ。兵庫県加古川市出身。2009年にジュンク堂書店那覇店店長となる。
12年から大阪・千日前店店長を務めたのち、16年那覇店店長に再任、現在に至る。
沖映通り商店街振興組合理事。「沖縄書店大賞」「ブックパーリーOKINAWA」に携わり、「この沖縄本がスゴい!」賞を創設した。沖縄県内の読書普及に努め、これまで多数のメディアで本の紹介をしてきた。今回は編者として、巻末に「編者のことば」を寄稿。

松永多佳倫(まつなが・たかりん) 1968年岐阜県生まれ。琉球大学卒業。出版社勤務を経て、2009年8月より沖縄在住。
スポーツノンフィクションを始めとする著作を精力的に執筆。
16年『『沖縄を変えた男―裁弘義 高校野球に捧げた生涯』が第3回沖縄書店大賞を受賞。
著書に『まかちょーけ 興南 甲子園春夏連覇のその後』『偏差値70からの甲子園』『善と悪 江夏豊のラストメッセージ』『事情最速の甲子園 創始学園野球部の奇跡』『最後の黄金世代 遠藤保仁』『確執と信念 スジを通した男たち』など。

江口 洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部元編集長。このアンソロジーの企画立案者。

沖縄。人、海、多面体のストーリー
南国の楽園として人気の反面、米国統治から復帰して50年、未だ戦争の影響が残る現実。見る人、立つ位置により全く違う一面を見せる沖縄は、これまでどのように書かれてきたのか。沖縄初の芥川賞作家・大城立裕の作品を始めとする沖縄文学から、県外作家が沖縄を描いた小説、さらにはノンフィクションまで。沖縄の50年に光を当てる10編。この土地と人の持つパワーを感じ、新たな価値観が得られる一冊。

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