よみもの・連載

『沖縄。人、海、多面体のストーリー』 刊行記念座談会
――復帰50年、「沖縄を書く」ということ

森本浩平×松永多佳倫
進行:文庫編集部 江口洋
構成・文:宮田文久

江口
続くノンフィクション2本目が、松永さんの「背中の傷と差別」です。沖縄水産高校野球部を夏の甲子園で二度の準優勝に導いた名将、その実像に迫る『沖縄を変えた男 栽弘義――高校野球に捧げた生涯』からの抄録ですね。
森本
『沖縄を変えた男』は、第三回沖縄書店大賞受賞作です。
江口
映画化されて、さらに話題になった一冊ですね。
森本
松永さんは、栽監督を描くために沖縄に移住してきたんですよね?
松永
はい。にわかには信じてもらえない話だとは思うのですが、本当なんです。
江口
栽監督を書きたいと思われた、きっかけは何だったんですか。
松永
もともとは、当時の沖縄水産で、肘を壊すまで投げ続けることになった大野倫について書こうと思っていたんです。ただ大野倫本人が、「僕よりも栽先生のほうがいいよ」というんです。何がいいのかなと思って調べていったら、まあ大酒のみで女好きの、破天荒な人なんですね(笑)。これだと思いました。個人的に優等生より暴れん坊のほうが大好物ですから。
江口
人間味に溢れていますよね。それで沖縄に住むことに?
松永
あくまで僕個人の感覚ですが、住まないといつまで経っても沖縄の「ゲスト」だと感じたんです。栽監督は暴力も振るう人だったわけですが、外から取材するのでは、いい話しか聞こえてこないだろう、と。そのあたりは、佐野さんと異なるアプローチなんでしょうね。佐野さんにも一度、直接いわれたことがあります。「僕は一回も沖縄に住もうとは思わなかった。でも、松永君は松永君のやり方でいい」と。
森本
栽監督っていつも笑顔で甲子園に出ている印象だったので、裏にこんなドラマがあるというのは、松永さんの本を読むまで全然分からなかったです。
江口
今回アンソロジーに収録された「背中の傷と差別」の部分を読むだけでも、栽監督が沖縄の歴史を背負っていることがわかりますよね。先ほど松永さんから、沖縄では戦後がずっと続いているというお話もありましたが、それこそ栽監督のキャラクターには、戦争の影がさしているように感じます。
松永
僕としては、大学生ですとか、二十代前半の若い子たちに向けて、わかりやすく書いたつもりなんです。というか、もとから難しく書けませんから。自分も学びつつ、沖縄の歴史を、野球という暗喩を使いながら伝えたい、と。
江口
アンソロジーの一編としても、とても読み応えがあります。森本さん、せっかくの機会ですので、沖縄書店大賞についてもうかがえますか。
森本
はい。沖縄書店大賞、県内の他書店と企画段階から携わっていました。それから一度関西に戻ったので、再び第2回から実行委員として運営していくことになります。
江口
どんな思いでつくられた賞なのでしょうか。
森本
芥川賞・直木賞のように本を盛り上げて、店に足を運んでもらいたいという思いでした。ほかの書店の店員さんたちと一緒に立ち上げていったのですが、沖縄は、そうした横のつながりを強く感じる土地ですね。皆で盛り上げていこうと。
江口
その沖縄書店大賞を受賞して大きな注目を浴びた『沖縄を変えた男』ですが、松永さんにとってもエポック・メイキングといいますか、人生が変わった本だったんじゃないでしょうか。まさに、沖縄に住むようになったきっかけの一冊だったわけですし。
松永
見える景色が、大きく変わった時期でした。思いきり天狗になって思いきり鼻を折られました。それでもまた天狗になれるような景色を見るためにも書いていきたいというのが、いまのモチベーションのひとつにもなっていますね。今度、天狗になったらきっとすべてを失うと思いますけど。
プロフィール

森本浩平(もりもと・こうへい) 1974年生まれ。兵庫県加古川市出身。2009年にジュンク堂書店那覇店店長となる。
12年から大阪・千日前店店長を務めたのち、16年那覇店店長に再任、現在に至る。
沖映通り商店街振興組合理事。「沖縄書店大賞」「ブックパーリーOKINAWA」に携わり、「この沖縄本がスゴい!」賞を創設した。沖縄県内の読書普及に努め、これまで多数のメディアで本の紹介をしてきた。今回は編者として、巻末に「編者のことば」を寄稿。

松永多佳倫(まつなが・たかりん) 1968年岐阜県生まれ。琉球大学卒業。出版社勤務を経て、2009年8月より沖縄在住。
スポーツノンフィクションを始めとする著作を精力的に執筆。
16年『『沖縄を変えた男―裁弘義 高校野球に捧げた生涯』が第3回沖縄書店大賞を受賞。
著書に『まかちょーけ 興南 甲子園春夏連覇のその後』『偏差値70からの甲子園』『善と悪 江夏豊のラストメッセージ』『事情最速の甲子園 創始学園野球部の奇跡』『最後の黄金世代 遠藤保仁』『確執と信念 スジを通した男たち』など。

江口 洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部元編集長。このアンソロジーの企画立案者。

沖縄。人、海、多面体のストーリー
南国の楽園として人気の反面、米国統治から復帰して50年、未だ戦争の影響が残る現実。見る人、立つ位置により全く違う一面を見せる沖縄は、これまでどのように書かれてきたのか。沖縄初の芥川賞作家・大城立裕の作品を始めとする沖縄文学から、県外作家が沖縄を描いた小説、さらにはノンフィクションまで。沖縄の50年に光を当てる10編。この土地と人の持つパワーを感じ、新たな価値観が得られる一冊。

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