よみもの・連載

『沖縄。人、海、多面体のストーリー』 刊行記念座談会
――復帰50年、「沖縄を書く」ということ

森本浩平×松永多佳倫
進行:文庫編集部 江口洋
構成・文:宮田文久

江口
まずは沖縄初の芥川賞作家である大城立裕さんの「レールの向こう」ですね。川端康成文学賞受賞作ですが、なぜ今回、この作品を選ばれたのですか。
森本
脳梗塞で倒れた妻の看病を懸命にしている「私」が、生活のふとした折、窓の外を走るモノレールを見て、その向こうの町に住んでいる小説家・真樹志津夫へ思いを馳せる――大城さん晩年の小説で、それまでの作品に比べて、私小説的なんですよね。それによって、大城さんの人間性も伝わる作品であるだろうと思いまして。2020年に亡くなられた大城さんとは、私も2011年にサイン会でご一緒してから幾度か交流する機会をいただけたのですが、ずっと沖縄の出版界、文芸の世界のことを、気にかけていらっしゃいました。次世代の作家になんとか引き継いでいきたい、と。その思いが、大城さんご自身が重ねてきた苦労や努力といったものと相まって、「レールの向こう」に滲んでいるような気がしたんです。厳しくも温かく、後輩に期待している感じがよく出ていますよね。
松永
大城さんは、自分が切り拓いた道をどう後進につなげていけるのか、ずっと憂いていらっしゃいましたね。僕自身としては、県内/外という話につながりますが、大城先生のように書きたいとは思っても、書けない、間違ってもなりすまして書いちゃいけないという思いがあります。
森本
わかります。大城さんのことを僕たち県外者がこうして評しているのも、どこか気持ちが憚られるところがあります。
江口
まだまだ、書き続けてほしい方でした。『焼け跡の高校教師』を書いていただいたのが、遺作になってしまいました。実は次回作の構想もありまして、本当に惜しまれます。
森本
下の世代の書き手の人たちには、一生懸命、自分の引き出しを開けてお話しされていました。
江口
やっぱり最後まで、教師、先生だったのですね。
森本
はい。時折、ジュンク堂に電話をいただき、ジュンク堂が沖縄にできてよかった、ありがとうとおっしゃってくださって。人を成長させる、本というものの大事さを語っていらっしゃいました。だからこそ、このアンソロジーをきっかけに、若い読者の方につなげていければと思います。
江口
続いて、崎山多美さんの「弧島夢ドゥチュイムニ」です。「世界から放り出されたモノモノらが沈む裂け目」である「淵の風景」をテーマにしている写真家が、基地の街の、一人芝居をやっている芝居小屋にたどり着く。舞台に女性が出てきて、「サッても、サッても、皆々様(グスーヨー)」と語りがはじまって――。
松永
いやあ、“ちむどんどん”するくらい面白かったですね。
江口
独特のテンポがある作品ですよね。
森本
何回も読み返しました。読み返すうちにいろんな見方が読み取れてくる。だからこそ面白かったし、この作品にはいろんな読み解き方があるんだなと感じます。そして、県外の方にとってはあまりイメージがないであろう、“暗い”沖縄が背景にある。
松永
旅行者もリピーターが多かったり、2013年には『るるぶやんばる 沖縄北部』というムックが出たことも考えると、もっと違う沖縄、いわば“未知の沖縄”が知りたいという欲求を持っている人は多いと思うんです。だからこそ、沖縄の土着的な黒いものであるとか、アスファルトの乾いた匂い、あるいは生活臭というような“暗さ”は、もっと書かれていいと感じます。
江口
わかります。崎山さんのこの小説、この空気感ですよね。沖縄の光と影、特にその影の部分が、グワーッとクローズアップされている。すばらしいですね。そしていよいよ最後、このアンソロジーを締めるのが、又吉栄喜さんの「ギンネム屋敷」です。芥川賞作家・又吉さんの初期作品です。米軍占領下時の沖縄を舞台に、戦中に朝鮮人が強制労働に駆り出された問題を踏まえて人間の禍々しさを描く、凄まじい傑作ですね。
松永
これこそ、まさしく先に述べた沖縄の“生活臭”が立ちのぼる、又吉さんでないと書けない文章だと思います。森本さんがこの小説を最後に持ってきたのはなぜですか?
森本
やはり、沖縄が抱える問題が、見事にこの作品から伝わってくるんですね。沖縄が経験してきた歴史が詰まっている。県内の書き手の方だからこそ、リアリティーに溢れ、その感覚が小説に滲み出ているのではないかと。人間のおぞましい心情描写が、根底にある沖縄の問題をさらに色濃く浮き彫りにする。
プロフィール

森本浩平(もりもと・こうへい) 1974年生まれ。兵庫県加古川市出身。2009年にジュンク堂書店那覇店店長となる。
12年から大阪・千日前店店長を務めたのち、16年那覇店店長に再任、現在に至る。
沖映通り商店街振興組合理事。「沖縄書店大賞」「ブックパーリーOKINAWA」に携わり、「この沖縄本がスゴい!」賞を創設した。沖縄県内の読書普及に努め、これまで多数のメディアで本の紹介をしてきた。今回は編者として、巻末に「編者のことば」を寄稿。

松永多佳倫(まつなが・たかりん) 1968年岐阜県生まれ。琉球大学卒業。出版社勤務を経て、2009年8月より沖縄在住。
スポーツノンフィクションを始めとする著作を精力的に執筆。
16年『『沖縄を変えた男―裁弘義 高校野球に捧げた生涯』が第3回沖縄書店大賞を受賞。
著書に『まかちょーけ 興南 甲子園春夏連覇のその後』『偏差値70からの甲子園』『善と悪 江夏豊のラストメッセージ』『事情最速の甲子園 創始学園野球部の奇跡』『最後の黄金世代 遠藤保仁』『確執と信念 スジを通した男たち』など。

江口 洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部元編集長。このアンソロジーの企画立案者。

沖縄。人、海、多面体のストーリー
南国の楽園として人気の反面、米国統治から復帰して50年、未だ戦争の影響が残る現実。見る人、立つ位置により全く違う一面を見せる沖縄は、これまでどのように書かれてきたのか。沖縄初の芥川賞作家・大城立裕の作品を始めとする沖縄文学から、県外作家が沖縄を描いた小説、さらにはノンフィクションまで。沖縄の50年に光を当てる10編。この土地と人の持つパワーを感じ、新たな価値観が得られる一冊。

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