よみもの・連載

信玄

第三章 出師挫折(すいしざせつ)7

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 四人となった一行は、信方の屋敷に移った。酒肴(しゅこう)が用意され、差しつ差されつ談議に花が咲く。
「されど、こたびの若君は、よくぞ決断なされた。諏訪を奪る、と仰せになられた時は、胸が震えましたぞ。あの大御屋形様でさえ、縁組で我慢をせざるを得なかった諏訪をやっと攻略する機会が訪れたのだ。これは当家にとって大きな一歩を踏み出す戦となり、若君はあの若さにて大御屋形様を超えるのではありますまいか」
 原虎胤が上機嫌で盃を干す。
「まだ諏訪の攻略が終わったわけではない。楽観はできぬぞ」
 信方が釘を刺す。
「いやいや、諏訪攻めを行うに際し、上社、下社の者どもに加え、上伊那の者まで味方にしたのだ。勝ちは動きませぬ。されど、駿河殿と加賀守殿の御二方には懼(おそ)れ入りました。まあ、見事な調略の手腕じゃ。いつも怜悧(れいり)な加賀守殿はまだしも、不器用そうに見える駿河殿が下社の金刺と上諏訪の高遠に眼をつけ、まんまと取り込んでしまうとは仰天しましたぞ。まったく隅に置けぬ」
「おい、鬼美濃。誉(ほ)められている気がせぬぞ」
「いや、それがしとしては手放しで誉めておりまする。惣領家の諏訪頼重を攻めるために、庶流の高遠頼継を使うとは、絶妙の策。かの調略で、こたびの戦の半分は仕上げたも同然じゃ。お見事、お見事」
 虎胤が手を叩きながら喝采する。
 信方と甘利虎泰が顔を見合わせながら苦笑した。
「駿河守殿と加賀守殿は、確か同(おな)い歳(どし)ではありませなんだか?」
 飯富虎昌が唐突に訊く。
「さよう、同歳の同輩だ。されど、片や幼くして大御屋形様に見込まれた英俊、片や武骨だけが取り柄で、さして重用もされなかった、この身だ。昌俊は同じ小姓として仕えた時から、図抜けて優秀であった。それがしが勝るものは、何ひとつとしてなかった」
 信方は自嘲気味に頭を叩く。
「……されど、仲が良いではありませぬか」
「ああ、そうだな。あ奴にならば、何でも話せるし、いつでも己の背中を預けられる」
「羨ましい限りにござりまする。それがしは帰参して間もなく、そのような同輩がおりませぬゆえ」
 飯富虎昌が俯(うつむ)き加減で呟く。
「兵部(ひょうぶ)、そなたはいくつだ?」
「今年で三十九になりまする」
「齢(よわい)三十九か……。ならば、伝右衛門(でんえもん)とほぼ同い歳ではないか」
 信方の言葉に、虎昌は小首を傾(かし)げる。
「……伝右衛門?」
「初鹿野(はじかの)高利(たかとし)のことだ。伝右衛門は、かの者の幼名」
「ああ、寄騎(よりき)衆の初鹿野殿」
「あ奴ならば、そなた同様、武骨者ゆえ気が合うのではないか。あとは曽根(そね)虎長(とらなが)あたりか」
「さようにござりまするか」
「一度、酒でも吞むがよい。今度、それがしから誘うてやる」
「お願いいたしまする」
 飯富虎昌が深々と頭を下げた。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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