第三章 出師挫折(すいしざせつ)15
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「御屋形様、諏訪頼重の自害の件はいかがいたしまするか。それがしはこの機会に諏訪へ弘布すべきと考えておりますが、さすれば諏訪からの風聞が流れ、いずれは於禰々(おねね)様の耳に届いてしまうやもしれませぬ。少し間を置いてから、弘布いたしまするか?」
その問いに、晴信はしばし思案する。
「……いや、いずれは禰々にもわかってもらわねばならぬことだ。こたびの沙汰と一緒に弘布しよう」
きっぱりと言い切った。
「承知いたしました。では、すぐに手配りいたしまする」
原昌俊が頭を下げた。
翌日から騒擾の処罰を告げる高札が諏訪と上伊那の各所に立てられる。
これらを見た諏訪神人衆(じにんしゅう)の者たちは武田家の本気を思い知り、諏訪の一帯は新たな緊張に包まれた。
そして、この事が思いも寄らなかった動きを生む。
以前から武田家への臣従を願っていた小県(ちいさがた)の国人衆、禰津(ねづ)元直(もとなお)が晴信との面会を切望してきたのである。
最初に臣従の話を受けた跡部(あとべ)信秋(のぶあき)から、信方にその申し入れが伝えられる。
「かような最中に、若との面会とは、いかなる目論見であるか?」
信方が訝(いぶか)しげな面持ちで訊く。
「どうやら臣従の願いとは別に、内々に伝えたいことがあるようにござりまする」
「内々に?……禰津の本拠は確か小諸(こもろ)と上田(うえだ)の中間であったはずだな」
「はい。小県の中でいわゆる北の御牧(みまき)と呼ばれる場所にござりまする」
「ならば、小県か佐久(さく)で何か不穏な動きがあるということか」
「さように考えてもよろしいかと」
「そういうことか。では、まず、それがしが話を聞こう。伊賀守(いがのかみ)、すぐに手配りしてくれ」
「承知いたしました」
跡部信秋はすぐに面談の段取りに走った。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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