よみもの・連載

信玄

第四章 万死一生(ばんしいっしょう)6

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「われらが影となって動くためには、三つ鼎(がなえ) の衆がいる。諜知や潜伏を任とする透破(すっぱ)。内応や攪乱を仕掛ける乱破(らっぱ)。陽動や破壊を力尽くで行う突破(とっぱ)。その三ッ者が揃ってこそ、他家には絶対及ばぬ諜知の軍団となるのだ。それがしは、これからの諜知をかように考えている。蛇若、そなたは頭(かしら)として透破を率いるがよい。そして、乱破と突破を率いることのできる者を探してこい」
「承知いたしました」
「富田郷左衛門という漢の他に、気になる者はいないか?」
「北信濃の戸隠(とがくし)に、すぐれた術を使う行者どもがいると聞いておりまする。この者たちのほとんどが修験(しゅげん)を会得しており、中には異国から来た忍びの者を祖先とする衆もいるとか。あとは、埴科(はにしな)郡の出浦(いでうら)にも同様の者がおりまする」
「埴科か。村上(むらかみ)義清(よしきよ)と戦うまでに、そ奴らをこちら側に引き寄せたいものだな」
「あとは、禰津に歩巫女(ののう)の一団がおりまする」
「ののう?……歩き巫女(みこ)のことか?」
「さようにござりまする。歩巫女は戦場の跡を訪れ、討死にした者たちの霊と交わり、供養もしますゆえ、どこにいても不思議ではありませぬ。また、死者の言葉を伝える仏口(ほとけぐち)をもった巫女を殺す莫迦者(ばかもの)はおりませぬゆえ、平気で敵陣へも潜り込めまする」
 蛇若が言ったように、諸国を歴訪する歩き巫女たちは口寄せという術を使い、死者の言葉を伝えることができる。そのため、戦場では重宝され、この巫女たちに手出しする者はいなかった。
「面白い!」
 跡部信秋は膝を打つ。
「禰津殿とその件について話をしてみよう。女子ならば、漢ができぬ役目も果たすことができる。禰津の歩巫女、是非に組み入れたい。そなたは引き続き使えそうな者たちを探せ。禄は、それがしが分捕ってくる」
「はっ!」
「蛇若、忍びが用いる策とは、長き時をかけて仕掛けるものだ。敵が考えてもおらぬ頃から悪しき種を植え付け、敵の懐にて育て、思わぬところで開花させる。つまり、優れた忍頭(しのびがしら)ならば、敵となりそうな相手の懐深くに、必ず屈者(かまりのもの)や草者(くさのもの)を忍ばせておかねばならぬ。それができるようになった時、われらは武田家の中でも唯一無二の存在となる。まずは、この身とそなたとで武田三ッ者の礎を築くのだ」
「はっ! 粉骨砕身にて、お役目を果たしまする」
「頼むぞ、透破の頭よ」
「はっ!」
「われらの出世は、この桑原城から始まるのだ」
 跡部信秋は宙を睨みながら言った。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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