第四章 万死一生(ばんしいっしょう)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
そして、天文(てんぶん)十五年(一五四六)八月二十八日、諏訪満驍ヘ謀叛の咎(とが)によりに切腹を命じられた。
処罰が済むと、すぐさま跡部信秋が信方に掛け合った。
「駿河守殿、桑原城はどうするおつもりにござりまするか?」
「そうだな、諏訪の者を城代にするわけにはいくまい」
「ならば、それがしにお預けいただけませぬか」
「そなたを城代にか」
「はい。あの城を諜知の拠点とし、配下の者たちを増やしとうござりまする。城に召し抱えられるとなれば、皆、これまで以上に働くでありましょう。どうか、お願いいたしまする」
「若も褒美をくださると仰せになられた。問題はあるまい。それがしから推挙しておく」
「有り難き仕合わせにござりまする」
こうして跡部信秋は桑原城の城代となった。
ここを新たな諜知の拠点とすべく、まずは蛇若を呼ぶ。
「蛇若、そなたらの働きのおかげで、ついに城を預かる身となれたぞ。これからはこの城を拠点に、ますます活躍してもらう」
「はっ。有り難き仕合わせにござりまする」
「いま、そなたの下で動いている者は、いかほどか?」
「それがしを含めまして二十名ほどにござりまする」
「さようか。まだまだ足りぬな。これからは信濃(しなの)での戦(いくさ)も増え、もっと人手が必要となる。蛇若、そなたの知り合いで荒事(あらごと)が得意な者はおらぬか?」
「荒事にござりまするか……」
細く吊り上がった眼をさらに細め、蛇若が思案する。
「……下伊那(しもいな)に喬木(たかぎ)村という集落があり、そこに富田(とみた)郷左衛門(ごうざえもん)という漢がおりまする。生来の荒くれ者で喧嘩(けんか)を飯の種とし、辺りの屈強な猟師や木こりを束ねておりますが、気まぐれな漢ゆえ話に乗ってくるかどうか」
「ほう、下伊那の山の者か。面白そうな漢ではないか。蛇若、その郷左衛門とやらが束ねている者たちもまとめて連れてまいれ」
「……されど、伊賀守様。郷左は確かに腕っ節は強うござりますが、軽業や忍びの術を心得ておりませぬ。何よりも頭を使うことができませぬ」
「それでよいのだ」
跡部信秋は不敵な笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「頭を使うのは、われらだけでよい。要は、われらが立てた策を躊躇(ためら)いなく実行できる者が必要なのだ。蛇若、そなたらは軽業や縮地(しゅくち)など忍びの術に長(た)けているが、これからは内応や敵の攪乱(かくらん)、ひいては戦場(いくさば)での陽動、破壊などを行う者を増やさねばならぬ。もちろん、敵将を仕物(しもの)にかけることも含めてな。いわば、戦を裏から動かすことが、われらの役目となり、それで禄(ろく)を食(は)む。わかるな」
「はっ!」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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