十八 (承前) 大上座では、晴信(はるのぶ)が弟に謝していた。 「信繁(のぶしげ)、一同の前で見世物にするような真似をして済まなかった」 「いいえ、わが思いを皆に話すことができ、よかったと思っておりまする」 「さようか」 「はい。これまで己の意思を示すことなど禁じられておりましたゆえ、このような機会をいただき嬉しゅうござりました」 信繁は満面の笑みを浮かべる。 「それならば、よかった。何か思うことがある時は、遠慮なく申してくれ」 晴信も笑顔になった。 二人は失いかけた絆を取り戻そうとするかのように、互いへの気遣いを躊躇(とまど)いなく言葉にしていた。 その様を嬉しそうに見つめながら、信方(のぶかた)が晴信に歩み寄る。 「若、そろそろ参りましょうか」 「ああ、そうだな」 「飯田(いいだ)の屋敷には、跡部(あとべ)が先に行っておりまする」 「わかった。では、急ごう」 「兄上、お待ちを……」 信繁が歩み出そうとした晴信を引き留める。 「……それがしもご一緒させていただけませぬか」 「信繁……。されど、ここからは荒事になるやもしれぬ」 「飯田殿には色々と思うところもありますし、この機会に申しておきたいこともありまする。甘利(あまり)と一緒にお連れいただけませぬか」 信繁はことあるごとに晴信の廃嫡を口にし、勝手な都合で己を担ぎ出そうとしてきた飯田虎春(とらはる)に物申すつもりらしい。 「わかった。それならば、一緒に来てくれ」 晴信も了解した。 躑躅ヶ崎(つつじがさき)館を出た一行は手勢を率い、急ぎ次の目的地へ向かった。 その頃、跡部信秋(のぶあき)が飯田虎春をはじめとする数名の土屋(つちや)一派の者たちに報告を行っていた。 「何やら、だいぶ状況が変わってまいりましたようで、青木殿の寄合も手仕舞いとなりました」 「手仕舞い?」 飯田虎春は跡部信秋の言葉に眉をひそめながら訊く。 「寄合を閉め、あとは各々で戦(いくさ)支度をしてから集まるということか?」 「いいえ、言葉通りの手仕舞いにござりまする。寄合を解散し、 戦支度もやめるということにござりましょう。もちろん、どこかに集まったりもいたしますまい」 「なんだ、それは……」 両眉を吊り上げ、飯田虎春が睨(にら)む。 「……あれほど、いきり立って人を集めていたのだ。寄合の解散など、するわけがあるまい。ははあ、わかったぞ。さような虚報を流し、われらをたばかり、油断させるつもりだな。跡部、そのように頼まれたのか?」 「いいえ、さようなことは頼まれてもお受けいたしませぬ」 「まことか?」 飯田虎春は疑いの視線を向ける。