連載
新 戦国太平記 信玄
第二章 敢為果断(かんいかだん)22 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   十八 (承前)

 大上座では、晴信(はるのぶ)が弟に謝していた。
「信繁(のぶしげ)、一同の前で見世物にするような真似をして済まなかった」
「いいえ、わが思いを皆に話すことができ、よかったと思っておりまする」
「さようか」
「はい。これまで己の意思を示すことなど禁じられておりましたゆえ、このような機会をいただき嬉しゅうござりました」
 信繁は満面の笑みを浮かべる。
「それならば、よかった。何か思うことがある時は、遠慮なく申してくれ」
 晴信も笑顔になった。
 二人は失いかけた絆を取り戻そうとするかのように、互いへの気遣いを躊躇(とまど)いなく言葉にしていた。
 その様を嬉しそうに見つめながら、信方(のぶかた)が晴信に歩み寄る。
「若、そろそろ参りましょうか」
「ああ、そうだな」
「飯田(いいだ)の屋敷には、跡部(あとべ)が先に行っておりまする」
「わかった。では、急ごう」
「兄上、お待ちを……」
 信繁が歩み出そうとした晴信を引き留める。
「……それがしもご一緒させていただけませぬか」
「信繁……。されど、ここからは荒事になるやもしれぬ」
「飯田殿には色々と思うところもありますし、この機会に申しておきたいこともありまする。甘利(あまり)と一緒にお連れいただけませぬか」
 信繁はことあるごとに晴信の廃嫡を口にし、勝手な都合で己を担ぎ出そうとしてきた飯田虎春(とらはる)に物申すつもりらしい。
「わかった。それならば、一緒に来てくれ」
 晴信も了解した。
 躑躅ヶ崎(つつじがさき)館を出た一行は手勢を率い、急ぎ次の目的地へ向かった。
 その頃、跡部信秋(のぶあき)が飯田虎春をはじめとする数名の土屋(つちや)一派の者たちに報告を行っていた。
「何やら、だいぶ状況が変わってまいりましたようで、青木殿の寄合も手仕舞いとなりました」
「手仕舞い?」
 飯田虎春は跡部信秋の言葉に眉をひそめながら訊く。
「寄合を閉め、あとは各々で戦(いくさ)支度をしてから集まるということか?」
「いいえ、言葉通りの手仕舞いにござりまする。寄合を解散し、 戦支度もやめるということにござりましょう。もちろん、どこかに集まったりもいたしますまい」
「なんだ、それは……」
 両眉を吊り上げ、飯田虎春が睨(にら)む。
「……あれほど、いきり立って人を集めていたのだ。寄合の解散など、するわけがあるまい。ははあ、わかったぞ。さような虚報を流し、われらをたばかり、油断させるつもりだな。跡部、そのように頼まれたのか?」
「いいえ、さようなことは頼まれてもお受けいたしませぬ」     
「まことか?」
 飯田虎春は疑いの視線を向ける。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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