連載
新 戦国太平記 信玄
第二章 敢為果断(かんいかだん)10 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   十二

 天文(てんぶん)九年(一五四〇)の皐月(さつき)、新府に鮮やかな紅白の躑躅(つつじ)が花開く中、飯富(おぶ)虎昌(とらまさ)が晴信(はるのぶ)と信方(のぶかた)のもとへやって来た。
「先日、駿河守(するがのかみ)殿からお誘いをいただきましたゆえ、出陣前のご挨拶に参りました」
 虎昌の挨拶に、晴信が答える。
「おお、佐久(さく)への出兵か」
「さようにござりまする」
「出立はいつに決まったのであろうか?」
「明後日にござりまする」
「ならば一献、酌み交わしても大丈夫だな。板垣(いたがき)、飯富の出陣を労(ねぎら)って進ぜたい。御方(おかた)に支度を頼んでくれぬか」
「承知いたしました」
 信方は酒肴(しゅこう)の支度に走った。
 しばらくして三条(さんじょう)の方を先頭に、侍女(まかたち)たちが酒肴の載った膳を運んでくる。
「御方、飯富に御酒(みき)を」
 晴信に促され、三条の方が一献を酌する。
「失礼いたしまする。飯富殿、どうぞ」
「おお、これはかたじけなし。三条の御方様に酒を注いでいただけるとは、何とも面映(おもは)ゆうござりまするな」
 飯富虎昌は嬉しそうに盃を干す。
「御方、あとはわれらが手酌でやるゆえ、下がってかまわぬ」
「はい。では、ごゆるりと。失礼いたしまする」
 三つ指をついて頭を下げてから、三条の方と侍女たちが退室した。 
「いやぁ、御方様は相変わらずお美しや。空薫物(そらだきもの)の良い香りがいたしました。まことに優雅、羨ましい限りにござりまする」
 虎昌が世辞を言いながら笑う。
 その様を見ながら、信方が後輩の盃に酒を注いでやる。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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