よみもの・連載

信玄

第四章 万死一生(ばんしいっしょう)15

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

    四十 (承前)

「して、板垣(いたがき)はいかように対処すると申していたのか?」
 晴信(はるのぶ)が初鹿野(はじかの)昌次(まさつぐ)に訊く。
「駿河守(するがのかみ)殿は、すぐに戦(いくさ)支度をなされると。その際に、科野(しなの)総社から甘利(あまり)備前守(びぜんのかみ)殿が背後を守るために出陣なされる手筈(てはず)になっておりまする。先陣は室住(むろずみ)豊後(ぶんご)殿が一千余でお守りするとのこと」
「打って出ることを即断か……」
 腕組みをし、晴信が思案する。
 ――板垣は村上(むらかみ)本隊の動きを相当に警戒しているようだ。天白山(てんぱくさん)の須々貴(すすき)城とやらに敵本隊先陣の匂いを嗅ぎ取り、早めに攻撃の芽を摘んでしまおうという狙いか。それに甘利も同調したのならば、あの二人が敵の気配を読み間違えるはずはあるまい。ここは先陣の判断に任せよう。
「弥五郎(やごろう)、そなたに加えて小幡(おばた)虎盛(とらもり)を先陣の使番(つかいばん)に任ずるゆえ、連係が揺るがぬよう細かく動いてくれ。特に、板垣と甘利の連絡が途絶えぬように」
「承知いたしました」
「昌信(まさのぶ)、そなたは鬼美濃(おにみの)に今の話を伝えてくれ」
「御意!」
 香坂(こうさか)昌信が動こうとした時、新たな使番が現れる。
「失礼いたしまする!」
 飯富(おぶ)源四郎(げんしろう)が信繁(のぶしげ)に書面を渡しながら言う。
「蒼久保(あおくぼ)周辺の地図をお持ちいたしました」
「ご苦労であった。兄上、こちらを」
 信繁が地図を広げた。
 それを見つめ、晴信が呟(つぶや)く。
「思うたよりも寺社の数が多いな」
「はい、さようにござりまする。北側の山間に近づけば、さらに敵の潜みそうな場所が増えまする」
 飯富源四郎が答える。
「ならば、応援に出した方が良さそうだな。源四郎、そなたは兵部(ひょうぶ)に鬼美濃の援護を伝え、そのまま隊に随行せよ」
 晴信は源四郎に飯富虎昌(とらまさ)の隊に付くことを命じた。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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