第四章 万死一生(ばんしいっしょう)15
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「巣穴から獲物を引き摺り出すのは、手練(てだれ)の猟師の仕事だ。先ほども申したであろう。それがしの勘がただしければ、この龍洞院は思うているよりも重要な拠点だ。それゆえ、兵部。そなたに守ってもらいたい」
「……まことにござりまするか?」
飯富虎昌は上目遣いで上輩の表情を窺う。
「まことだ。そなたの気性や腕前は信頼に値する。これは額面通りの誉め言葉だ」
「わかりました。それでは死ぬ気でここを守りまする」
「簡単に討死の覚悟などするな。無様であろうとも、足搔(あが)いて足掻いて生き残れ。それでこそ本能と直感で動く将というものだ」
「……承知、いたしました」
「では、預けたぞ、兵部」
原虎胤は真剣な顔に戻って言った。
その時、若々しい声が響いてくる。
「御注進!」
工藤祐長が二人の前で片膝をつく。
「火急の件にて、このまま失礼いたしまする」
「おお、源左衛門。どこからだ。本陣からか?」
「いいえ。上田原の板垣駿河守殿からの御伝言にござりまする」
「上田原?」
原虎胤が怪訝(けげん)そうな面持ちで聞き返す。
「はい、上田原の下之条にござりまする」
「それはまだずいぶんと西側へ出張ったようだな」
「下之条のさらに西にあります天白山付近で村上の陣を発見し、野戦に打って出られました」
「詳しく聞かせよ」
「はい。申し上げまする」
工藤祐長の話を聞き、原虎胤と飯富虎昌が顔を見合わせる。
「半刻後ということならば、間もなく攻め入る頃合いか?」
「はっ。ご報告が遅くなりまして申し訳ござりませぬ」
「各所の陣を廻ってきたならば仕方あるまい。それにしても、敵陣を急襲とは駿河殿らしくない。……いや、昔の板垣信方に戻ったというべきか」
虎胤の言葉に、飯富虎昌が小首を傾(かし)げる。
「それはいかなる意味でありましょうか」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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