六 (承前) 「信方(のぶかた)、殿軍(しんがり)の編成も無事に決まり、これでひとまずは安心だな」 原(はら)昌俊(まさとし)が安堵(あんど)の表情で信方の肩を叩く。 「ああ、先ほどは間に入ってくれて助かった。常陸(ひたち)殿と実のない罵り合いになるところだった。昌俊、いつもながら、そなたは冷淡で手際が良い。そして、相変わらず何を考えているのか、その取り澄ました面相からは読めぬがな」 「そうかな。昔から見たままだと思うが。そなたのように相手を疑い、深読みしようとしすぎると、かえってわからなくなるのではないか」 「どこが見たままのものか。常に相手の十手先しか考えておらぬくせに」 信方はそう言い、口をへの字に曲げる。 この二人は同じ齢(よわい)四十八の同輩であり、幼少の頃から信虎(のぶとら)の近習(きんじゅう)として仕えてきた。 ともに齢七の時から親元を離れて小姓となり、気難しい主人の世話をするために協力してきたという強い絆と信頼があった。それが余人には計り知れない同朋(どうほう)意識となっている。 だが、元服を迎えた頃から、二人の進む道が分かれた。 実直だが妙に熱血で頑固なところのある信方は、次第に主君から面倒くさがられ、側から遠ざけられることになった。 一方、昌俊は幼い頃から常に一歩引いて物事を観察し、先々を予測しながら動く性格だった。 その読みは信方から見れば非情とも思えるほど冷淡で的確であり、感情を表に出さない語り口も好まれ、元服後は主君に重用される。若くして陣馬(じんば)奉行に抜擢され、重臣の一角に座することになった。 しかし、荻原(おぎわら)昌勝(まさかつ)や飯田(いいだ)虎春(とらはる)ら主流の一派とも微妙な距離を置き、常に中立の立場を取っている。家中で覇権争いが起きると、なおさら遠くへ身を引いて推移を見守り、決して火中の栗など拾おうとしない。 そういった意味では稀有(けう)の存在であり、信方は昌俊を信頼に足る漢(おとこ)だと思っている。 「昌俊、ひとつだけ聞かせてくれぬか」 「何だ」 「もし、誰も殿軍に残ってくれなかったならば、そなたは陣馬奉行として、どうするつもりであったのか?」 「さてな。まあ、これだけは言えるが、陣馬奉行の主たる役目は責任をもって陣を布(し)き、引き払うことしかない。殿軍に兵が足りぬのならば、最後までこの陣に残る者が加わるしかないのではないか。陣の撤収を見届けるまで、この身は帰還することができぬ。そのつもりでいたが、そなたは不服か、信方」 昌俊は淡々とした口調で答える。