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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志12 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「登攀に要する時を考えると、敵の城兵に対抗する数を送れぬということか!?」
「非常にきわどいところかと。われらの諜知によれば、敵兵の数は六百強、それより多くても八百弱。対して、われらは一刻(二時間)をかけて城まで上げられるのが五百そこそこでありましょう。しかも、敵に悟られぬよう登攀をしなければなりませぬゆえ、動きも制限されまする。読めぬのは、どのくらいの敵兵が奇襲に備えているかということ。それにより戦局が一変いたしますが、はっきりしていることは、われらは敵と同等か、あるいは少ない兵でしか攻め入れぬということにござりまする。いずれにしても、城攻めの常道を遥かに逸した奇襲となることだけは間違いありますまい」
「敵兵が総勢で待ち構えていれば、全滅もあり得るということか……。もしも、敵と同等の兵数で乗り込んだとしても、一人一殺の殲滅(せんめつ)戦。やはり、城攻めは無理筋の策か……」
 眉間(まみあい)を割るほどの縦皺を寄せ、信方が雪空を仰ぐ。
「できることがいくつか、あることはありまするが」
「それは何であるか?」
「まずは登攀路の木立に綱を渡し、足軽たちがそれを手繰りながら進めば、道に迷うこともなく、少しは時も稼げましょう。さらに、城へ忍び込んだ者たちが開門させた後に、各所に火を放ち、敵の番兵を陽動することもできるかと。それにしても、小勢で一気に敵を叩き潰さねばならぬ奇襲に変わりはありませぬが」
「寄手はほぼ決死隊ということか……」
 信方は険しい顔で言葉を続ける。
「……さきほど、諜知では敵城の空気が緩んでいるようだと申したが、そなたはどのように見ているのか、伊賀守」
「おそらく、大方の敵兵がわれらの退陣を知って安堵し、気を張っているのは番兵だけかと。追撃などは考えてもおりますまい。まあ、われらが城を奇襲するとなれば、そのようであってくれと祈るしかありませぬな」
「さようか。そなたの見立てにより、だいたいの様子は摑めた」
「お待ち下され、駿河守殿。最も大事な問題がまだ残っておりまする」
「最も大事な問題?」
「ええ。そもそも御屋形様から城攻めのお許しが出ておらぬ中、われらの独断で攻め入っても大丈夫にござりまするか」
「それは……」
 信方は的確な指摘に言葉を詰まらせる。
「……後で辻褄(つじつま)を合わせるしかあるまい。敵が追ってきたので迎え撃ったならば城へ逃げ込んだので、そのまま攻め入ってしまったとか」
「なるほど。言い得て妙」
「どうせ、最初から間尺に合わぬ戦だったのだ。それぐらいのことがあっても、おかしくはなかろう」
 憮然とした面持ちで、信方が吐き捨てる。
「やはり、この奇妙な出陣の中で殿軍を無事に務めるだけでは、若君の御手柄が足りぬとお考えか。それがしも同じように思うていたところにござりまする。われらの手柄も少したりぬな、と」
 信秋は人差し指で鼻の頭を搔きながら薄く笑う。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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