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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志12 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「いや……。さように考えてくれたとは、有り難い。そなたが殿軍に残ってくれるということなのであろう?」
「正確には、そういうことでもないのだがな。ともあれ、諸角(もろずみ)殿に加え、鬼美濃(おにみの)までが名乗り出てくれたのだから、この身が残るよりも遥かに心強いではないか」
「そうだな」
「おいおい……」
 昌俊が苦笑する。
「……思っていても、口に出すことではあるまい」
「ならば、聞くな」
「まあ、よいか。頼もしい武辺者(ぶへんもの)が二人も揃うたのだから」
 昌俊と鬼美濃と呼ばれる虎胤(とらたね)は、同じ原の氏姓を名乗っているが、まったく別の一族だった。
 昌俊は美濃の土岐(とき)家に属していた蜂屋(はちや)家の庶流であり、南北朝の争乱が続いていた頃に美濃国恵那(えな)郡遠山荘(とおやまのしょう)原郷を所領としたことから原の氏姓を名乗っている。
 片や、虎胤の一族は下総(しもうさ)の千葉家に属しており、足利(あしかが)義明(よしあき)と争った小弓(おゆみ)城合戦で敗走し、甲斐へ落ち延びてきた。虎胤は大永(たいえい)元年(一五二一)の飯田河原戦で今川勢の大将であった福島(くしま)正成(まさしげ)を討ち取り、美濃守の位を授かったところから「鬼美濃」と呼ばれるようになった。まさに晴信(はるのぶ)が産声を上げた年のことである。
 諸角虎定(とらさだ)は今年で齢五十四となった気骨の老将だった。
「されど、信方。若君が自ら殿軍を御所望なさるよう促すとは、ずいぶんと思い切った策に出たものだな。まったく、そなたにはいつも度肝を抜かれる」
「昌俊、そなたとて、若が御自身の苦境にどれほど心を砕かれておられるか、わからぬわけではあるまい。このまま御初陣が終わってしまえば、またぞろ、つまらぬ話を流布する輩(やから)が出てこぬとも限らぬ。何の見返りもない出兵だっただの、海ノ口(うんのくち)城の攻略に失敗したのは若の武運のなさのせいだ、だのとな。そのような者どもを黙らせるには、あえて危険な役割を買って出るしかあるまい。全軍にまったく戦功のない戦(いくさ)なのだから、しっかりと殿軍の役目を務め上げたならば、さっさと退陣した奴ばらに四の五のは言わせぬ。若のお命は、この一身を挺してお守りする。それだけのことだ」
 信方は本音を吐露する。
 それに対し、昌俊は瞬きひとつしない。そして、肯定も否定もしなかった。
 二人の会話に、諸角虎定、原虎胤、跡部(あとべ)信秋(のぶあき)らが黙って聞き耳を立てている。
「そなたの思いは、よくわかった。相変わらず、直入で血が熱いな。羨ましいよ、信方」
 昌俊は微苦笑を浮かべる。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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