連載
新 戦国太平記 信玄
第二章 敢為果断(かんいかだん)20 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   十六 (承前)

 信方(のぶかた)は様々な者たちから得た話を、これまでの経緯(いきさつ)として詳しく話し始める。
 晴信(はるのぶ)が身動(みじろ)ぎもせず、それを聞いていた。
 包み隠さず状況を伝えた後、信方は晴信の返答を待った。
 少し思案してから、晴信が口を開く。
「つまり、このままでは家宰(かさい)と武川(むかわ)衆筆頭の座を巡る諍(いさか)いが高じ、内乱となってしまうということか」
「その通りにござりまする」
「御屋形(おやかた)様の帰還に合わせ、青木(あおき)殿の一派と土屋(つちや)殿の一派が武装して対峙(たいじ)すれば徒事(ただごと)では済むまい。しかも、青木殿がこの争いに郷の長(おさ)たちを巻き込んでいるのならば、新府の周辺で戦いが始まると、瞬く間に領国内へ飛火してしまうのではないか。もしも、徳政や年貢課役の免除を求める土一揆(つちいっき)などが起きれば、かような有様のわれらでは、とても収めることはできまい。叛乱(はんらん)が燎原(りょうげん)の野火の如(ごと)く広がれば、疲弊の上に混乱が重なり、最悪の場合、甲斐一国が立て直しできぬような壊れ方をしてしまうこともあり得るではないか」
 晴信は真剣な眼差しを傅役(もりやく)に向ける。
 ――さすがは、若。話を聞いただけで即座に、これだけの推察ができるのは、日頃から領内の切迫と立て直しについて考えておられるからだ。常に危機感を抱いていなければ、かような鋭さを身に付けることはできまい。されど、大事なのは、この後だ。
 信方は晴信の洞察に感心しながらも、さらに深い結論に導こうとする。
「その恐れがある今、若ならば、いかがいたしまするか?」
「武川衆の争いを止めねばなるまい。われらが間に入り、説得すべきではないのか」
「すでに双方ともいきり立っており、耳を貸すとは思えませぬが」
「それでも『武川衆が分裂するのは得策ではない』と説くしかあるまい」
「若はあくまで理で説得すべきと?」
「さようだ。たとえ、どちらが戦いに勝とうとも、御屋形様の逆鱗(げきりん)に触れれば、必ず処罰されることになる。そんな簡単なことが、重臣たちにわからぬはずがない」
「理ではわかっていても、怒りで己を抑えられぬ凡庸な臣であるがゆえ、兵を挙げようとしているのではありませぬか」
「……それはそうかもしれぬが」
「もしや、若は青木殿の一派と土屋殿の一派の双方を助けようと考えておられるのでありましょうや?」
「……争いを……戦いを回避して和解できれば、双方とも無事に済むではないか」
 少し意地になり、晴信が言い張った。
 ――若は群抜いて聡明だが、無垢(むく)であるがゆえに、人の善き面を信じすぎるきらいがある。やはり、まだ人の醜さと相対する経験が足りておらぬようだ。嫉妬や猜忌(さいき)。怯懦(きょうだ)や諂阿(てんあ)。それらにかられた者どもの集まり。怨嗟(えんさ)と憎悪が渦巻き、虚勢と諛言(ゆげん)しか飛び交わぬ場に参じた者が、どれほどの軽挙妄動に出るかをわかっておられぬ。
 そう考え、信方はあえて苦言を呈する。
「若、それは少々、甘く考えすぎではありませぬか」
 その言葉を聞き、晴信はたじろぐ。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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