六 (承前) それに気づいた原(はら)昌俊(まさとし)が、照れくさそうに同輩の手を払い退け、晴信(はるのぶ)に近づく。 「若君様、これより海ノ口(うんのくち)城へ戻り、戦(いくさ)の手仕舞いを行いまする。残っている者たちに、何かお伝えすることはござりませぬか?」 「言伝(ことづて)か……」 晴信は思案顔になる。 「……それならば、この身も海ノ口城へ同行したい」 「急ぎ新府へ戻らなくてもよろしいので?」 昌俊は信方(のぶかた)に顔を向けながら確認する。 「父上に謹慎とは言われたが、殿軍(しんがり)の役目を完了せぬまま若神子(わかみこ)へ駆け付けてしまったゆえ、やはり戻った方が良いと思う。殿軍の皆に対しても、直(じか)に労(ねぎら)いの言葉をかけたい」 「そういうことであれば、ご一緒させていただきまする」 原昌俊は微(かす)かな笑みを浮かべて頭を下げる。 信方も小刻みに頷(うなず)いていた。 三人はそのまま南牧の陣へ向かい、諸角(もろずみ)虎定(とらさだ)と合流してから海ノ口城へ上る。そこで再び殿軍の面々が揃った。 晴信は一同の前に立ち、感謝の言葉を述べる。 「まだまだ未熟者にすぎぬこの身が無事に殿軍の役目を果たすことができたのは、皆が力を貸してくれたからだと思う。まことに、ご苦労であった。されど……」 一瞬、次の言葉を言い淀(よど)む。 だが、意を決し、事の顛末(てんまつ)をありのままに話し始める。 「されど、残念ながら、御屋形(おやかた)様からお誉めの言葉はいただけなかった。それどころか、総大将のお許しを得ず、勝手に城攻めを強行したことを咎(とが)められてしまった。本来ならば、そなたらに与えられる戦働きの褒賞もいただけぬやもしれぬ。まことに、申し訳ない」 深々と頭を下げた晴信を見て、一同から微かな嘆息が漏れる。 ――御屋形様のお咎めが、殿軍全体に及ぶのか……。 どの顰面(しかみづら)にも、そんな思いが浮かんでいた。 「すべての責は城攻めを独断した、この身にあり、そなたらに一切の咎がないことは、御屋形様にお認めいただいた。いただけなかった褒賞も少しずつになると思うが、わが禄から皆へ返していくつもりゆえ、どうか堪忍してほしい。わが初陣を飾ってくれた、そなたらの恩は一生忘れぬ。まことに、かたじけなし……」 晴信は再び頭を下げ、しばらく、そのままでいた。 初陣を終えた思いを嚙みしめているような姿勢に見える。いや、じっと泪(なみだ)を堪(こら)えているのかもしれなかった。