第七章 新波到来(しんぱとうらい)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
八十二
尾張(おわり)の小牧(こまき)城は織田(おだ)信長(のぶなが)が美濃(みの)攻めのために、濃尾(のうび)平野の中央に位置する小牧山の全体を使って築かれた城である。
丹羽(にわ)長秀(ながひで)を普請奉行として永禄(えいろく)六年(一五六三)に築城が開始され、それまでの本拠地であった清洲(きよす)城に代わり、新たな本城となる。
その際に城下町を丸ごと移転させるという念の入れようだった。
山頂に築かれた信長の居館からは、濃尾平野の一帯を広く見渡すことができた。
特に北西の方角に眼を向ければ、美濃との国境(くにざかい)である木曽川(きそがわ)の奥に斎藤(さいとう)龍興(たつおき)の本拠地である稲葉山(いなばやま)が確認できる。
居館の楼閣から下りた信長は、家臣たちが待つ広間へ向かう。
そこでは織田忠寛(ただひろ)、丹羽長秀、木下(きのした)藤吉郎(とうきちろう)らが神妙な面持ちで待っていた。
信長は上座で無造作に胡座(あぐら)をかき、前触れもなく問う。
「猿、件(くだん)の話はどうであった?」
「はい、斎藤の重臣どもが共謀し、稲葉山城を乗っ取ったという風聞は、まことのようにござりまする」
猿と呼ばれた木下藤吉郎が満面の笑みで答える。
「その重臣とやらは誰だ?」
「西美濃三人衆の一人、安藤(あんどう)守就(もりなり)と娘婿の竹中(たけなか)重治(しげはる)という者らしいと。それがなかなかに見事な手際であったらしく、夜更け過ぎの数刻(すうとき)で片を付けたとのこと」
「詳しく話せ」
「はい」
木下藤吉郎の話によれば、事の発端は斎藤龍興と西美濃三人衆と呼ばれる重臣の不和にあったという。
西美濃三人衆とは、龍興の祖父である斎藤道三(どうさん)や父の義龍(よしたつ)を支えてきた稲葉良通(よしみち)、安藤守就、氏家(うじいえ)直元(なおもと)らである。
しかし、斎藤龍興が跡を嗣(つ)いでからは、親族の斎藤飛騨守(ひだのかみ)からの佞言(ねいげん)を信じ、この三人を冷遇し始めた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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