第七章 新波到来(しんぱとうらい)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「……わかりました。有り難うござりまする」
曽根昌世は頭を下げた。
地図上の岡崎(おかざき)城を指差し、長坂勝繁が発言する。
「遠江争乱の元凶はすべて三河松平党の造反にあり、松平家康は今川家を裏切っただけでなく、仇敵(きゅうてき)である尾張の織田信長と盟まで結んだと聞いておりまする。まったく人の道に悖(もと)る奴ばらにござりまする!」
この漢は長坂昌国の従弟にあたり、長坂光堅の弟である勝房(かつふさ)の子だった。
昌国の誘いに応じ、いち早くこの寄合に参加していた。
「尾張の織田は美濃の斎藤龍興と対峙(たいじ)しているため、互いに背を預け合う意味で、三河の松平党と手を組んだのであろう。いずれにしても野合にすぎぬ」
義信が己の見解を述べる。
「もしも、われらが出陣するとなれば、今川家が吉田城の奪還に動いた時でありましょうか?」
長坂昌国が義信に問う。
「吉田城への援軍か、あるいは、松平党がこれ以上遠江を侵略した場合かもしれぬ。いざという時のために、今川家から離反した者たちの兵力を調べておいた方がよいな」
「承知いたしました」
昌国の返答に合わせ、一同も頷く。
「では、次の議題に移ろう。昌国、例のものを頼む」
義信に促され、長坂昌国が一枚の図面を開く。
「これは伊賀守(いがのかみ)が透破(すっぱ)に命じて作らせた箕輪(みのわ)城の縄張図だ。この先、上野で標的となるのは、間違いなくこの城である。長野(ながの)業正(なりまさ)が身罷(みまか)ったことがわかり、すでに箕輪衆にこれまでのような力と結束はなくなっている。攻めるならば、今が好機と考えるゆえ、これを見ながら城攻めの策を案じよう」
一同は食い入るように縄張図を見つめる。
「それがしは実際に箕輪城の膝元まで攻め寄せたが、実物は想像していたよりも遥かに大きく、さすがに難攻不落と言われるだけの構えであった。そのつもりで、城攻めの方法を考えてくれ」
義信の言葉を聞き、それぞれが意見を述べ始める。
攻城の陣立。兵数の割振り。突破口の開き方など、熱の籠もった討議が続けられ、それは夜更けまで続いた。
─―まさに、軍(いくさ)評定さながらの真剣さだ。若をはじめとして、皆、頼もしく見える。
飯富虎昌は若い家臣たちの話し合いを満足そうに見ていた。
義信はこの寄合を通して己の足許を固めつつあった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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