第七章 新波到来(しんぱとうらい)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「平八ならば、海津(かいづ)城に行っておりまする。高坂(こうさか)殿の下で城番を務めているとか」
「さようか。ところで、昌幸はどうしておる?」
長坂昌国と真田昌幸の幼名は、同じ「源五郎(げんごろう)」だった。
そのため、奥近習の間では、昌幸を源五郎と呼ぶ者はいなかった。
「何か新たな取次役に任じられたそうで、忙しく府中と高遠城を行き来しているようにござりまする」
「高遠城か……。勝頼様に関するお役目か?」
長坂昌国が微かに眉をひそめながら言う。
「あ奴も寄合に誘ってやりたかったのだがな」
「今度会った時に、それがしから誘ってみましょう」
「そうだな。頼む」
「お任せくだされ」
曽根昌世が笑顔で答えた。
翌々日の夜、義信の屋敷で寄合が開かれる。
すでに謹慎は解けていたが、学びの座は続けられ、そこには長坂昌国、長坂勝繁(かつしげ)、曽根昌世、曽根虎盛(とらもり)らの姿があった。
さらに後見人の飯富(おぶ)虎昌(とらまさ)の甥である飯富昌景(まさかげ)が新参として加わっていた。
「皆、よく集まってくれた」
義信が満面の笑みで言う。
「こたびは源四郎(げんしろう)が新たに加わってくれ、学びの仲間となってくれた」
「よろしくお願いいたしまする」
飯富昌景が頭を下げる。
「この会には、上下の差などあらぬ。年齢も、家中での席次も関係ない。それゆえ、皆で車座となり、思うがままに忌憚(きたん)のない意見を述べてもらいたい。さて、では、前回の続きから始めよう。昌国、地図を頼む」
「はい」
長坂昌国が伊那郡と東海道一帯を記した地図を広げる。
「今の当家にとって最大の問題は、東三河と遠江であろう。今川家の重要な拠点であった吉田(よしだ)城が落城し、ついに三河から今川方の勢力が排除されてしまった。この影響で、遠江においても今川方の国人衆に動揺が広がっている。なにゆえ、父上がこの件に介入なされないのかはわからぬが、これは当家にとって最も由々しき事態だと考える。われらは遠江の情勢の詳細を掴んでおかねばならぬ」
義信は地図を示しながら話を続ける。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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