よみもの・連載

信玄

第七章 新波到来(しんぱとうらい)6

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 この事態に危惧を覚えた稲葉良通ら西美濃三人衆が、龍興に対して諫言(かんげん)に及ぶも、まったく耳を貸さず、かえって斎藤飛騨守の周辺への依怙贔屓(えこひいき)が激しくなった。
 加えて、斎藤飛騨守は家中で秀才と謳(うた)われる竹中重治を目の仇(かたき)にし、さんざん嫌がらせを繰り返していた。
 これに腹を据えかね、安藤守就と竹中重治が一計を案じ、斎藤龍興への諫諍(かんそう)に及んだのである。
 それが稲葉山城の乗っ取りという暴挙だった。
「竹中重治は稲葉山城の人質となっていた弟の重矩(しげのり)と申し合わせ、数日前から弟に病気のふりをさせた上で、見舞いと称して手練(てだれ)の者たちを率いて城内へ入ったそうにござりまする。城番であった斎藤飛騨守ら六名の首級(しるし)を挙げ、あっという間に城を制圧してしまったと。これに驚いた斎藤龍興は戦わずに城下へ遁走(とんそう)したということにござりまする」
 藤吉郎は淀(よど)みなく顚末(てんまつ)を話し終える。
「猿、その話はどこから仕入れてきた?」
 信長が訊く。
「美濃に知己の多い川並(かわなみ)衆の坪内(つぼうち)利定(としさだ)に調べさせました」
 藤吉郎は斎藤方であった松倉(まつくら)城々主の坪内利定や鵜沼(うぬま)城々主の大沢(おおさわ)次郎左衛門(じろうざえもん)らを調略し、寝返りさせていた。
「謀叛(むほん)を起こした安藤とやらに使者は差し向けたか?」
「はい。されど頑(かたく)なに面会を拒んでおりまして……。当人らはあくまでも主君への諫諍を行っただけで、これは謀叛ではないと申しておるそうにござりまする」
「ならば再度、使者を差し向け、美濃半国を領地として与えるゆえ、稲葉山城をわれらに明け渡せと伝えよ」
「……美濃半国?」
「さようだ。稲葉山城を制することができるならば、美濃半国如(ごと)きは惜しくもない」
「はぁ……」
「すぐに使者を出せ!」
「はっ!」
 木下藤吉郎は両手をついて平伏した。
「次、五郎左(ごろうざ)!」
 信長は片膝を立て、丹羽長秀を見る。
「京からの使者は何を申し入れてきた?」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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