よみもの・連載

信玄

第七章 新波到来(しんぱとうらい)6

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「して、この話を進める際に、織田家においての折衝相手は誰になるか?」
「織田藤左衛門(とうざえもん)家の掃部介忠寛殿になると存じまする」
「さようか。ならば、釣閑斎(ちょうかんさい)。そなたが折衝役となるがよい」
 信玄は長坂光堅を指名する。
「畏まりましてござりまする」
「昌幸、そなたは引き続き取次役を務めよ」
「はっ! 承知いたしました」
 脇に控えていた真田昌幸が頭を下げる。
「希菴殿、ご苦労様にござりました。別室に膳など用意してあるゆえ、使者の方とおくつろぎくだされ。光新、もてなしは、そなたに任せる」
 信玄は、春国光新に二人の接遇を任せた。
「有り難うござりまする」
「では、あちらへ。ご案内いたしまする」
 真田昌幸が立ち上がり、三人の僧を先導する。
 一行が広間を去ってから、おもむろに信玄が口を開く。
「織田から縁組を申し入れてくるとはな。意外であった……。高白(こうはく)、そなたは、いかように考えるか?」
「この話から窺えますことは、織田家が美濃国制覇を素早く終わらせるために、かなり本気で取り組んでいるということにござりましょう。それゆえ、当家と国境を接することに過敏になっていると推しまする。また、われらが飛騨へ出たのは東山道(とうさんどう)を重視しているからだ、ということも信長は存じているのではないかと。東山道を西へ進もうとすれば、次は伊那谷から恵那郡の神坂(みさか)峠を越えて東美濃へ行き当たりまする。それを鑑みれば、両家に誼を通じている美濃恵那郡の遠山直廉殿をこの縁談に絡めてきたのも、なかなかに巧妙な一手だと思いました」
 神坂峠は信濃の伊那谷と美濃の木曾谷(きそだに/恵那郡)との境にあり、その険しさから東山道で第一の難所として知られ、荒ぶる神の坐(ざ)す峠として「神の御坂」と呼ばれてきた。
 古代においては、坂という地名が「峠」のことを意味した。
「しかも、信長は織田と盟約を結べば、東山道を好きに使ってくれて構わぬと暗に申しておりまする。正直に申せば、勝頼様の御縁談にこれだけの策を絡めてきたことに驚きを隠せませぬ。そして、一番の問題は、今川家との今後にござりまする」
 駒井政武は鋭い読みを披露する。
「で、あろうな。されど、あの沢彦とやらの口振りからすると、われらが遠江に出張ることを三郎は関知せぬらしい。三河の松平党が今川と戦うことは止めぬが、われらと戦うことは許さぬとも申した。つまり、われらが今川家との関係をこのまま続けるか、否かということに興味はなく、三郎の眼は西だけに向いており、今のところ東海道は眼中にないということだ」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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