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連載
新 戦国太平記 信玄
第一章 初陣立志15 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   六   (承前)

「海ノ口(うんのくち)城を狙うたのは、村上(むらかみ)義清(よしきよ)に思い知らせるためだ。かの者が古(いにしえ)より海野平(うんのだいら)に根を張る滋野(しげの)一統を駆逐したいのならば、平賀(ひらが)の如き小物と組むのではなく、名門、甲斐の武田と組むべきだとな。北信濃(きたしなの)の村上が海野平の喉元まで迫ったのは、それなりの成算があるからであろう。されど、平賀の如きを使うて挟撃したような気になっておるのならば笑止千万。それをわからせるために出陣したのだ。滋野一統さえ追い出してしまえば、海野平は村上と好きなように分け合えばよい。それが真の狙いである」
 信虎(のぶとら)が言ったように、佐久(さく)と北信濃の間には北国(ほっこく)街道の要衝、海野平があった。
 ここは坂東(ばんどう)や東海から善光寺参りに訪れる旅人の通り道であり、往来による宿場への落とし銭も少なくない。海野平には古より宮家と朝廷へ馬を献上するための御牧(みまき)があり、その役目を代々受け継いできたのが滋野一統である。
 その系譜を遡れば、清和(せいわ)天皇の第四皇子である貞保親王(さだやすしんのう)が海野庄へ下向し、孫である善淵王(よしぶちおう)が醍醐(だいご)天皇より滋野の姓を下賜(かし)されたことに始まっていた。
 滋野家は朝廷内で重用され、滋野恒蔭(つねかげ)が信濃介に任ぜられたのをはじめとし、滋野善根(よしね)が信濃守に任ぜられ、信濃一国に君臨した。
 そして、滋野恒信(つねのぶ)が牧監(もくげん)として海野平の小県郡(ちいさがたごおり)新張(みはり)へ根を張ってから海野幸俊(ゆきとし)を名乗り、滋野一統の嫡流は海野家へ受け継がれるようになった。
 当代の惣領(そうりょう)は海野棟綱(むねつな)だが、関東管領(かんれい)の山内上杉(やまのうちうえすぎ)家と通じて勢力を保っており、甲斐の武田家に遜色(そんしょく)のない信濃の名門であることは確かだった。
 その領地を、北信濃で権勢を確立した村上義清が狙っており、平賀玄心(げんしん)は佐久でその片棒を担いでいる。
 しかし、武田家が平賀玄心を制し、村上義清とうまく話がつめて挾撃すれば、滋野一統の駆逐も絵空事ではない。豊かな海野平を、新たな利得として分け合うことも可能だった
「それが読めている将ならば、城を攻めても平賀を首だけにすることはなかったであろう。生かして捕縛し、村上との交渉の質に使うことができるからだ。もっとも、余に逆らったことのある平賀ならば、命乞いよりも自害をせがむであろう。新府へ引き立てられれば、いずれは苦しみ抜いて死なねばならぬ、哀れな己の末路が見えているからな。されど思慮の浅い甘ちゃんの将ならば、命乞いを受け入れ、そこで情けをかけてしまう。勝千代(かつちよ)、なにゆえ平賀を首にした?」
 信虎は意地の悪い酔眼で、息子を睨(ね)めつける。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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