「申し訳ござりませぬ……」 原昌俊は素早く両手をついて頭を下げる。 「……されど、安心いたしました。勝ち戦ならば、心おきなく戦利の品を分捕り、陣馬奉行の仕事ができまする。敵方から何も奪えぬのでは、こたび使った戦費との帳尻が合わなくなりますゆえ、どうしたものかと悩んでいたところにござりまする。殿軍が勝手に城攻めを行ったという咎があるにせよ、一応、御屋形様に勝ち戦とお認めいただけましたので、やっとお役目の本義に戻れまする」 涼やかな笑みを浮かべ、昌俊が顔を上げる。 悪びれた様子もない陣馬奉行を、信虎は眼を細めて睨む。 「御屋形様、それがしは海ノ口城に残り、さっそく兵糧や薪の類を運び出しまする。されど、それだけでは、こたびの戦費と同等、あるいはわずかばかりの不測となるやもしれませぬ。城を捨て置くぐらいならば、いっそ平賀の残党が入れぬように破却いたし、使えそうな木材をすべて新府へ運んではいかがにござりまするか。いかに小城とはいえ、冬場の薪としては充分ではありますまいか。襖(ふすま)や畳があれば、それも修繕に使えまする。鍋釜の類はもとより、着物、反物、雑巾に至るまで無駄にはできませぬ。少し人手をかければ、すべて運び出すことができまするが」 「……好きにいたせ」 信虎は呆(あき)れたように呟く。 「さらに戦利の品を得られる方法がありまする。もしも、わずかな間、将兵を置くことをお許しいただけますならば、命乞いをしている平賀の重臣を使い、平賀城から財物を運び出すことができるやもしれませぬ。われらの将兵が城に残った旗幟(きし)などで平賀の兵に化けて重臣に随伴し、主城からお寳(たから)の類だけを持ち出させれば、よろしいわけで。今ならばまだ、平賀の主城には海ノ口落城の報は届いておらず、できぬことではないと存じまする。いかがにござりまするか、御屋形様」 「よしなにいたせ」 そっぽを向きながら、信虎が吐き捨てる。 「有り難き仕合わせにござりまする。では、すべての戦利が揃いましたならば、すぐにご報告申し上げますゆえ、その節は若君様の咎から、お差し引きくださりますよう、御願い申し上げまする。若君様が城攻めに逸(はや)りましたのも、この身と同じく御初陣が終わった後の勘定をお気になされたからではないかと存じまする。御屋形様の如く深慮遠謀を持たぬ小物のわれらは、どうしても目先の利に走ってしまいまする。どうか、そこのところをお汲みいただき、御寛容なるお裁きを御願いいたしとう存じまする」 「……よしなにいたせと申したはずだぞ」 信虎は仏頂面で言い放つ。 重用している側近が理詰めで迫り、その執り成しを仕方なく受け入れざるを得なかったのである。 「重ねて、有り難き仕合わせにござりまする。では、すぐに海ノ口城へ戻り、後始末をして参りまする」 原昌俊が再び額(ぬか)ずく。 「御屋形様、まことによろしいので?」 家宰(かさい)の荻原昌勝(まさかつ)が顰面(しかみづら)で念を押す。 「話を聞いていなかったのか。よしなにいたせ、と申し付けたであろうが。後のことは任せる。大儀であった」 信虎は大きな欠伸をしてから、気怠(けだる)そうに立ち上がる。