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連載
新 戦国太平記 信玄
第一章 初陣立志13 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   六 (承前)

 殿軍(しんがり)に残った諸角(もろずみ)虎定(とらさだ)、原(はら)虎胤(とらたね)をはじめとし、足軽頭(がしら)の横田(よこた)高松(たかとし)、多田(ただ)満頼(みつより)、小畠(おばた)虎盛(とらもり)らの将が集められる。その末席には晴信(はるのぶ)の近習(きんじゅう)となった齢(よわい)二十の教来石(きょうらいし)信房(のぶふさ)もいた。
 最初に跡部(あとべ)信秋(のぶあき)から海ノ口(うんのくち)城について諜知(ちょうち)の詳細が報告され、続いて信方(のぶかた)が城攻めの策を説明する。
「……伊賀守(いがのかみ)の話にもあった通り、敵兵の数は予想していたよりも遥かに少なく、われらの退陣を知ってか、城内は緩みきっている。しかも、われらの手の者が忍び込み、城門を開くことができるのだ。この千載一遇の機会を逃す手はあるまい。殿軍だけで城攻めを行うというのは奇策中の奇策だが、ここはひとつ、われら武田武者の意地を見せ、若の御初陣に勝利の誉れを添えたい。この攻城隊を、若が直々に率いられる。それがしはお止めしたのだが、『家臣だけに難儀を強いるような大将にはなりたくない』という信念の下に、若がお決めなされた」
「おおっ……」
 居並ぶ将たちに低いどよめきが広がる。
「されど、城への登攀(とうはん)が岨道(そわみち)であることに加え、この天気ゆえ、攻城隊の編成はおのずと限られた兵数となる。おそらく、その数は五百前後。敵兵とほぼ同数か、もしくは少ないかもしれぬ。決して楽観できる戦いではないゆえ、この城攻めはあえて志願を募りたい。そのことに対し、そなたらの忌憚(きたん)なき意見を聞きたい」
 信方の言葉に、将たちは厳しい面持ちで黙り込む。
 評定の場に漂う沈黙を破るように、嗄(しわが)れた笑い声が響く。
「ふぉほっほっほぉ、殿軍だけで城攻めとは、聞きしに勝る奇策」
 諸角虎定が笑みをたたえて言葉を続ける。
「幾多の戦場に赴きましたが、さような戦いは生まれて初めてにござりまする。御初陣の若君様がそれに挑まれるとは、なんとまあ勇壮なことよ。これぞ甲斐源氏の土性骨(どしょうぼね)。是非、それがしに露払いをお命じくださりませ。この老いぼれめの魂魄(こんぱく)が、またまた痺(しび)れ申した」
「同感にござりまする」
 原虎胤は、眉ひとつ動かさずに頷く。
「相手の顔色を窺(うかが)うような戦(いくさ)が続き、少々、鬱憤が溜まっていたところ。思う存分暴れても構わぬという御下命をいただけましたならば、すぐに平賀(ひらが)の首級(しるし)を奪ってご覧にいれまする」
 諸角虎定と原虎胤の賛同を見て、足軽頭たちも口を開き始める。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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