そして、白で埋め尽くされた視界の先に、やっと揺れる松明の焔(ほのお)が見えてくる。 「若、伊賀守が振る松明が見えまするか?」 信方が声をかける。 その声に、晴信は我に返って首を振る。 「……松明……ああ、前方のあれか」 「あそこが水の手でありましょう。登るのも、あとわずか。頑張りましょうぞ」 「……ああ、わかった」 晴信は槍を握った右拳で、己の太腿を叩き、感触を確かめる。 ――大丈夫だ。思うたよりも動けており、軆の力もまだ残っている。 そう思い、雪を踏みしめる両足に力をこめた。 やがて、先行した将兵たちが一息ついている水の手の溜まり場に到着した。 そこに 跡部信秋が駆け寄ってくる。 「大丈夫にござりまするか、若君様」 「大丈夫なわけがなかろう!」 信方が怒ったような顰面(しかみづら)で、横合いから口を出す。 「足軽でも登れぬことはないとは、よくぞ言うてくれたものだ。ここまで来るのに、何度、引き返そうと思うたことか」 「駿河守(するがのかみ)殿、それがしは『足軽でも登れぬことはありませぬが、相当に困難』と最初に申し上げましたが」 信秋が渋面でやり返す。 「まあ、ここまで無事に登れたのだから、よかったではないか。伊賀守が張ってくれた綱のおかげであろう」 晴信は困ったような顔で二人の間に入る。 「若君様、有り難き御言葉にござりまする。城攻めの前に湧き水で喉など潤し、少し休まれまするか?」 「いや、ここで座り込んでしまったならば、二度と立てぬような気がする。後続の者たちが着いたならば、予定どおりに攻め入ろう。まだ、動く力は残っている」 「さようにござりまするか。では、すぐに開門に取りかかりまする。追手門はここから五十間(約九十m)ほど北西にありまする」 「わかった」 「では、城門を開け、登攀した順に城内へ討ち入りまする。駿河守殿、愚痴もほどほどにし、若君様をお見習いくだされ」 跡部信秋は勝ち誇ったように言い、その場を去る。 「な、なにを……」 眉をひそめ、信方は唸(うな)った。それから、竹筒で湧き水を汲み、仏頂面で呑み干す。 そこへ原虎胤がやって来る。