連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志13 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 そして、白で埋め尽くされた視界の先に、やっと揺れる松明の焔(ほのお)が見えてくる。
「若、伊賀守が振る松明が見えまするか?」
 信方が声をかける。
 その声に、晴信は我に返って首を振る。
「……松明……ああ、前方のあれか」
「あそこが水の手でありましょう。登るのも、あとわずか。頑張りましょうぞ」
「……ああ、わかった」
 晴信は槍を握った右拳で、己の太腿を叩き、感触を確かめる。
 ――大丈夫だ。思うたよりも動けており、軆の力もまだ残っている。
 そう思い、雪を踏みしめる両足に力をこめた。
 やがて、先行した将兵たちが一息ついている水の手の溜まり場に到着した。
 そこに 跡部信秋が駆け寄ってくる。
「大丈夫にござりまするか、若君様」
「大丈夫なわけがなかろう!」
 信方が怒ったような顰面(しかみづら)で、横合いから口を出す。
「足軽でも登れぬことはないとは、よくぞ言うてくれたものだ。ここまで来るのに、何度、引き返そうと思うたことか」
「駿河守(するがのかみ)殿、それがしは『足軽でも登れぬことはありませぬが、相当に困難』と最初に申し上げましたが」
 信秋が渋面でやり返す。
「まあ、ここまで無事に登れたのだから、よかったではないか。伊賀守が張ってくれた綱のおかげであろう」
 晴信は困ったような顔で二人の間に入る。
「若君様、有り難き御言葉にござりまする。城攻めの前に湧き水で喉など潤し、少し休まれまするか?」
「いや、ここで座り込んでしまったならば、二度と立てぬような気がする。後続の者たちが着いたならば、予定どおりに攻め入ろう。まだ、動く力は残っている」
「さようにござりまするか。では、すぐに開門に取りかかりまする。追手門はここから五十間(約九十m)ほど北西にありまする」
「わかった」
「では、城門を開け、登攀した順に城内へ討ち入りまする。駿河守殿、愚痴もほどほどにし、若君様をお見習いくだされ」
 跡部信秋は勝ち誇ったように言い、その場を去る。
「な、なにを……」
 眉をひそめ、信方は唸(うな)った。それから、竹筒で湧き水を汲み、仏頂面で呑み干す。
 そこへ原虎胤がやって来る。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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