「もしも、合図を送っても城門が開かなかった時は?」 「城門が開かぬ?……まあ、絶対にないとは言えませぬな。されど、その時は、この身がすぐさま城へ忍び込み、一命を賭してでも直に城門を開けまする。こう見えても、忍びの術はひと通り学んでおりますゆえ、造作もなきこと。皆様を四半刻(三十分)もお待たせいたすことはありますまい。それでも、足りませぬか」 信秋は薄い笑みを浮かべて答える。 二人のやり取りに、他の者は真剣な面持ちで耳を傾けていた。 「そういうことであるか。伊賀守殿がそこまで申されるならば、それがしに異存はありませぬ。当然、城門が開くものとして、もうひとつ新たな策を具申しとうござりまする」 「若、構いませぬな」 信方が確認し、晴信が頷(うなず)く。 「では、小畠。頼む」 「はい。城への寄手は選りすぐった五百ほどと伺いましたが、さらに百名ずつの三隊を組み、頂上付近での後詰(ごづめ)、中腹での待機、麓の確保を命じ、しっかりと退路を確保しておくのがよいかと。また、城内での戦いが芳しくない場合には、伝令を飛ばして順次、追加の兵を送り込めばよいと存じまする。いかがにござりましょう」 小畠虎盛は後方からの手厚い支援策を具申した。 「それは良さそうな策であるな」 諸角虎定が好々爺の笑みで呟く。 「されど、小畠。その三百を率いるのは、並の者では無理そうだな。戦の機微を知り尽くし、攻めるも退くも自在の判断ができる将でなければならぬと思うが」 「諸角殿の申される通りかと」 「誰が適任であろうかの」 「この策を言い出したのは、それがしゆえ、責任を取らせていただきまする」 「されど、それでは城攻めの手柄から遠く離れることになるぞ、小畠」 「構いませぬ。それがしは喜んで殿軍の殿軍を務めさせていただきまする」 「殿軍の殿軍、か。そなたはいつも上手いことを申す。しかも、策の全体をよく見渡せておる。安心して、この背中を預けられるわ。若君様、あまり悠長にもしておられませぬゆえ、この城攻め、そろそろ決まりということでいかがにござりまするか」 諸角虎定が評定をまとめにかかる。 「皆に異存がなければ、決まりとしたいのだが」 晴信は一同を見渡す。 「異存なし!」 将たちは声を揃えて頷く。 満場一致だった。 それを見た信方が命じる。 「では、各々、半刻を目処(めど)に兵を選りすぐり、支度を済ませてくれ。くれぐれも弓懸(ゆがけ)と毛沓(けぐつ)を忘れぬようにしてくれ」 毛沓とは、鹿や猪などの皮で作った半長靴のことであり、騎馬や狩猟の際に着用するのだが、雪が降る地方では冬場の防寒にも使われる。