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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志13 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「もしも、合図を送っても城門が開かなかった時は?」
「城門が開かぬ?……まあ、絶対にないとは言えませぬな。されど、その時は、この身がすぐさま城へ忍び込み、一命を賭してでも直に城門を開けまする。こう見えても、忍びの術はひと通り学んでおりますゆえ、造作もなきこと。皆様を四半刻(三十分)もお待たせいたすことはありますまい。それでも、足りませぬか」
 信秋は薄い笑みを浮かべて答える。 
 二人のやり取りに、他の者は真剣な面持ちで耳を傾けていた。
「そういうことであるか。伊賀守殿がそこまで申されるならば、それがしに異存はありませぬ。当然、城門が開くものとして、もうひとつ新たな策を具申しとうござりまする」
「若、構いませぬな」
 信方が確認し、晴信が頷(うなず)く。
「では、小畠。頼む」
「はい。城への寄手は選りすぐった五百ほどと伺いましたが、さらに百名ずつの三隊を組み、頂上付近での後詰(ごづめ)、中腹での待機、麓の確保を命じ、しっかりと退路を確保しておくのがよいかと。また、城内での戦いが芳しくない場合には、伝令を飛ばして順次、追加の兵を送り込めばよいと存じまする。いかがにござりましょう」
 小畠虎盛は後方からの手厚い支援策を具申した。
「それは良さそうな策であるな」
 諸角虎定が好々爺の笑みで呟く。
「されど、小畠。その三百を率いるのは、並の者では無理そうだな。戦の機微を知り尽くし、攻めるも退くも自在の判断ができる将でなければならぬと思うが」
「諸角殿の申される通りかと」
「誰が適任であろうかの」
「この策を言い出したのは、それがしゆえ、責任を取らせていただきまする」
「されど、それでは城攻めの手柄から遠く離れることになるぞ、小畠」
「構いませぬ。それがしは喜んで殿軍の殿軍を務めさせていただきまする」
「殿軍の殿軍、か。そなたはいつも上手いことを申す。しかも、策の全体をよく見渡せておる。安心して、この背中を預けられるわ。若君様、あまり悠長にもしておられませぬゆえ、この城攻め、そろそろ決まりということでいかがにござりまするか」
 諸角虎定が評定をまとめにかかる。
「皆に異存がなければ、決まりとしたいのだが」
 晴信は一同を見渡す。
「異存なし!」
 将たちは声を揃えて頷く。
 満場一致だった。
 それを見た信方が命じる。
「では、各々、半刻を目処(めど)に兵を選りすぐり、支度を済ませてくれ。くれぐれも弓懸(ゆがけ)と毛沓(けぐつ)を忘れぬようにしてくれ」
 毛沓とは、鹿や猪などの皮で作った半長靴のことであり、騎馬や狩猟の際に着用するのだが、雪が降る地方では冬場の防寒にも使われる。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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