十二 (承前) 「駿河守(するがのかみ)殿、面目次第もない……」 「飯富(おぶ)、頭を下げるのはまだ早い。まだ負けたわけではなかろう。ここからは急戦を構えるぞ。それに必要な将兵の頭数は揃えてきたゆえ、その前にしっかりと腹拵(はらごしら)えをさせねばならぬ」 「されど、兵糧が……」 「それについても策を練っておいた。昌俊(まさとし)が何とかしてくれるであろうから、われらは信じて待つだけだ」 「陣馬(じんば)奉行の原(はら)加賀守(かがのかみ)殿が?」 「必ず諏訪(すわ)から兵糧を分捕ってきてくれる」 「諏訪?」 飯富虎昌(とらまさ)は半信半疑の面持ちで頷(うなず)く。 「……はぁ、わかりました」 そこへ晴信(はるのぶ)の初陣で見事な諜知(ちょうち)を行った跡部(あとべ)信秋(のぶあき)がやって来る。 「駿河殿、お願いしてありました件は、いかがにござりましょう?」 「おお、あの件か。それについては今から昌俊に申し送りするゆえ、一緒に諏訪へ赴いてくれ」 「承知いたしました」 跡部信秋の背後に、原昌俊が現れる。 「信方(のぶかた)、では諏訪へ行ってくる。そなたらはここで朗報を待っていてくれ」 「昌俊、無理な願いのついでに、もうひとつ頼みがある。この伊賀守(いがのかみ)を供に連れて行ってくれぬか。どうしても諏訪で調べたいことがあるらしい」 信方の申し入れに、原昌俊が鋭く反応する。 「ほう。跡部、何が狙いだ?」 「諏訪家に関しまして、妙な風聞など耳にしておりまして、それを確かめに行きたいと」 「いかような風聞か」 「諏訪家の顔が甲斐だけでなく、別の方を向いているとか、いないとか……」 「北信濃(きたしなの)か?」 「まあ、そのような話も」 跡部信秋の目的を、原昌俊もすぐに察知した。 諏訪家が武田に内緒で村上(むらかみ)義清(よしきよ)と誼(よしみ)を通じているという噂があり、それを直(じか)に確かめたいという狙いのようだ。 「さようか。ならば、一緒に来るがよい」 「有り難き仕合わせ。では、お供させていただきまする」