連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)11 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「加賀守殿、有り難うござりました」
 飯富虎昌は原昌俊に深々と頭を下げる。
「礼ならば、信方に言え。この策を案じたのは、あ奴だ」
「はい、わかりました」
「それなりの戦(いくさ)働きを期待しておるぞ、兵部(ひょうぶ)」
 原昌俊は後輩の背中を叩き、気合を入れた。 
 翌日、信方は若神子を出立し、一路、海尻城へ向かう。飯富虎昌に本隊を預け、敵城を囲んだ。
 しかし、武田勢の進軍を知った海尻城代は、城門を固く閉ざし、攻め手を寄せ付けない。
 しばらく敵城の様子を探っていたが、固い籠城にこれといった攻め手も見つからず、飯富虎昌は夜更け過ぎに包囲を緩めて後退を始めた。
 その気配を察した城方が態勢を整え、追撃する機を窺(うかが)う。武田勢の殿軍が海尻城から離れようと動き始めた時、城門を開いて城方の兵が追おうとした。
 ――よし、かかった!
 伏兵の別働隊を率いていた信方は、すぐに采配を振る。
「行くぞ! 敵の追撃隊の横腹を突き、そのまま城内へなだれ込め!」 
 本隊と見える軍勢が退却すると見せかけ、敵の城兵を油断させ、別働隊が一気に攻め入る奇襲。それこそが信方の狙った城攻めの策だった。
 信方の別働隊が敵の追撃隊を蹴散らし、城門を潜った頃、飯富虎昌の率いる本隊も素早く反転し、海尻城へ攻めかける。これに驚いた敵方は算を乱し、まとまった迎撃ができなくなり、城はあっという間に落ちた。
「やりましたな、駿河守殿」
 飯富虎昌が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「やはり、腹の据わりがよいと兵の動きが違うな」
 信方もにやりと笑う。
「この城が片付けば、われらの眼前に遮るものはありませぬ」
「おお、この勢いを止めず、一気呵成(いっきかせい)に佐久を平らげるぞ」
 この言葉通り、信方は海尻城を起点にして翌日から佐久へと出張る。
 勢いに乗った武田勢は怒濤(どとう)の進撃を続け、なんと三十六もの城や砦(とりで)を陥落させながら平賀の残党を駆逐した。
 その朗報はすぐに甲斐へ届けられ、新府は歓喜に包まれた。
 同じように海尻城陥落の報が村上義清に伝えられ、すぐに城を奪回すべく新手の兵を差し向ける。
 しかし、海尻城を任された小山田昌辰(まさたつ)と昌行(まさゆき)、長坂(ながさか)国清(くにきよ)と虎房(とらふさ)らの親子が村上勢の城攻めを凌(しの)ぎ、急の知らせを受けた飯富虎昌の援護により敵の新手を撃退する。
 こうして信方と飯富虎昌の奮闘により、武田家は佐久往還と東山道(とうさんどう)が合流する平賀城までを電光石火で制覇した。
 だが、信方が晴信に次々と朗報を届ける中、新府では異変が起きていた。
 家宰(かさい)の荻原(おぎわら)昌勝(まさかつ)が体調を崩し、ついに病いの床に臥(ふ)してしまったのである。どうやら、引退は免れないほどの重篤のようだった
 この事により、再び重臣たちが騒然となる。そこかしこで奉行衆の寄合が行われ、密かに家宰の座を巡る暗闘が始まった。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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