――次郎の初陣にこの身も一緒に立ちたいと思うていたが、その願いは叶(かな)わぬか……。 「先日、次郎に初陣の話をしたところ、そなたに心得など教えてもらいたいなどと可愛いことをぬかしておったぞ。されど……」 信虎は脇息から軆を起こし、真っ直ぐに晴信を見据える。 爛々(らんらん)と輝く餒虎(だいこ)の眼だった。 「されど、止(や)めておけと釘を刺しておいた。初陣で勝手に城攻めをするような戦い方は参考にならぬからな。もしも、次郎がそなたに初陣の心得を教えてくれと言ってきても、余計なことを吹き込まぬでよい。あ奴は余が直々に指南する。他人の編み出した理だけで戦を考える猪口才(ちょこざい)にならぬようにな。話は以上だ。大儀であった」 信虎は元の半身(はんみ)に戻り、盃を傾ける。 「……それでは失礼いたしまする」 晴信は平伏してから寝所を辞した。 なんともやり切れない思いだけが胸の裡に燻(くすぶ)っていた。 「……晴信様」 薄暗い廊下で声が響く。 晴信が顔を上げると、甘利虎泰が立っており、その後ろに次郎がいた。 「……甘利」 「御屋形様とご面談にござりましたか」 「ああ、お話を伺ってきた」 「さようにござりまするか。……あ、申し遅れましたが、駿河守殿の快進撃、まことにおめでとうござりまする」 「……ありがとう」 「戻られましたら、お話を伺いにまいりまする」 甘利虎泰はなぜか困ったように笑いながら頭を搔く。 「甘利、余の前に立ちはだかるな。兄上と話ができないではないか」 後ろから次郎が拗(す)ねたような声を出す。 「あっ、これはこれは、失礼をばいたしました」 甘利虎泰が壁側に寄り、道を空ける。 「兄上、お久しぶりにござりまする」 次郎が笑顔で進み出る。 正面に立つと晴信と同じ位まで背丈が伸びていた。 「……ああ……久しぶり……か」 晴信は戸惑いを隠せない。 「……お久しぶりという挨拶は、やはり変にござりましたね。何を言っているのだろう、この身は」 ほんのりと頬を赤らめ、頭を搔く。 「ずっと兄上のお話が聞きたいと思うておりましたが、お忙しそうなので我慢しておりました」 「さようか」 「次郎もやっと初陣が決まりそうにござりまする。兄上の初陣の時のことをお聞かせくださりませ。孫子は何か初陣の心得など説いておりませぬか?」 屈託のない笑顔で次郎が問いかける。 それを見ると、なおさら晴信の返答がぎこちなくなってしまう。