連載
新 戦国太平記 信玄
第二章 敢為果断(かんいかだん)13 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   十四

 おのれ、武田信虎(のぶとら)めが!
 真田(さなだ)幸隆(ゆきたか)は押し寄せる武田菱の旗幟(はたのぼり)を見つめながら、きつく口唇を嚙む。
 この日、天文(てんぶん)十年(一五四一)五月十四日、小ゥ(こもろ)宿に陣取っていた武田勢がほぼ総軍と見える規模で海野(うんの)城(太平寺)へと向かい始めた。
「武田の兵数は、いかほどか?」
 険しい面持ちで、真田幸隆が使番に訊く。
「物見からの報告によりますれば、五千は超えておらぬのではないかと……」 
「それでは報告になっておらぬ!」
 幸隆が思わず声を荒らげる。
「目算はしておらぬのか?」
「……も、申し訳ござりませぬ。し、しておりまする」
 首を竦(すく)めた使番が強ばった表情で言葉を続ける。
「……ええ、物見の目算によりますれば、敵勢は先陣におよそ一千、その後方に二千以上、されど三千には届かず、総勢で三千五百前後ではないかと」
「他には?」
「実は、和田峠を越えて諏訪(すわ)勢がこちらに迫っているという報告が上がっておりまする」
「諏訪頼重(よりしげ)の軍勢が!?」
 幸隆が眉間を割るように眼を細める。
「兵数は?」
「一千ほどではないかと」
「さようか。うぅむ……」
 腕組みをしながら、幸隆が唸(うな)る。
 ――東から武田勢の三千五百、南からは諏訪勢の一千。当然のことながら葛尾(かつらお)城のある西の埴科(はにしな)郡には村上(むらかみ)の軍勢がいるはずだ。その数はおそらく武田と同等、あるいはそれ以上かもしれぬ。もしも、三方から一気に攻め寄せられたならば、平地にある海野城はひとたまりもない。……いや、われら千五百弱の兵で籠城したのでは、全滅もあり得る。この城では凌(しの)ぎきれぬ……。
 脳裡(のうり)で激しく警鐘が鳴っていた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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