十四 おのれ、武田信虎(のぶとら)めが! 真田(さなだ)幸隆(ゆきたか)は押し寄せる武田菱の旗幟(はたのぼり)を見つめながら、きつく口唇を嚙む。 この日、天文(てんぶん)十年(一五四一)五月十四日、小ゥ(こもろ)宿に陣取っていた武田勢がほぼ総軍と見える規模で海野(うんの)城(太平寺)へと向かい始めた。 「武田の兵数は、いかほどか?」 険しい面持ちで、真田幸隆が使番に訊く。 「物見からの報告によりますれば、五千は超えておらぬのではないかと……」 「それでは報告になっておらぬ!」 幸隆が思わず声を荒らげる。 「目算はしておらぬのか?」 「……も、申し訳ござりませぬ。し、しておりまする」 首を竦(すく)めた使番が強ばった表情で言葉を続ける。 「……ええ、物見の目算によりますれば、敵勢は先陣におよそ一千、その後方に二千以上、されど三千には届かず、総勢で三千五百前後ではないかと」 「他には?」 「実は、和田峠を越えて諏訪(すわ)勢がこちらに迫っているという報告が上がっておりまする」 「諏訪頼重(よりしげ)の軍勢が!?」 幸隆が眉間を割るように眼を細める。 「兵数は?」 「一千ほどではないかと」 「さようか。うぅむ……」 腕組みをしながら、幸隆が唸(うな)る。 ――東から武田勢の三千五百、南からは諏訪勢の一千。当然のことながら葛尾(かつらお)城のある西の埴科(はにしな)郡には村上(むらかみ)の軍勢がいるはずだ。その数はおそらく武田と同等、あるいはそれ以上かもしれぬ。もしも、三方から一気に攻め寄せられたならば、平地にある海野城はひとたまりもない。……いや、われら千五百弱の兵で籠城したのでは、全滅もあり得る。この城では凌(しの)ぎきれぬ……。 脳裡(のうり)で激しく警鐘が鳴っていた。