――ここは素早く退き、守りの堅い砥石(といし)城に集まって戦うべきではないか。事態は切迫しており、一刻の猶予もならぬ。されど、この海野城を捨て、撤退することに対し、気位の高い棟綱(むねつな)殿は了とするであろうか。 滋野(しげの)一統の惣領である海野棟綱の判断を危惧していた。 ――ともあれ、まずは幸義(ゆきよし)殿と話をつけ、何とか棟綱殿に得心していただくしかあるまい。 幸隆は先に棟綱の嫡男である海野幸義を説得すると決めた。 「それがしは幸義殿と話をしてくるゆえ、今の報告を棟綱殿にしておいてくれ」 「承知いたしました」 使番は素早く踵(きびす)を返す。 幸隆は城門の付近で備えている海野幸義の処(ところ)へ向かい、物見からの報告をすべて伝える。 「幸義殿、あえて直入に申し上げる。この城へ三方から寄せられては持ち堪(こた)えられませぬ。総勢で砥石城へ入り、戦いを構えた方がよい。今すぐに動かねば、手遅れになりまする」 「それがしも同感だ。まさか村上義清(よしきよ)と武田、諏訪が手を組むとはな……」 「棟綱殿は本城からの撤退を厭(いや)がるかもしれませぬが、一緒に説得してくれませぬか。素早くここを退いた後、山内上杉(やまのうちうえすぎ)憲政(のりまさ)殿に援軍を頼むのが上策かと」 「それがよいかもしれぬな。父上はこの身が説き伏せる。まずは神川(かみがわ)を渡り、橋に火をかけて落としてしまえば、いくばくかの時を稼げるはず」 海野幸義も素早く策を提示する。 「では、すぐに棟綱殿へ献策いたしましょう」 幸隆は内心ほっとしながら答えた。 二人はまず城から上野(こうずけ)の関東管領職(かんれいしき)に早馬を飛ばす。それから、海野棟綱の処へ行き、城からの撤退を進言する。 「うぅむ……」 話を聞いた棟綱は渋い表情で黙り込む。 やはり、一戦も交えずに本拠から退くことには、滋野一統の惣領(そうりょう)として抵抗があるようだ。 「……幸義、敵が三方から寄せてくるというのは、まことなのか?」 「まことにござりまする。父上、お気持ちはお察しいたしますが、ここは決断を急いだ方がよろしいかと」 海野幸義は厳しい面持ちで進言する。