• note
  • X(Twitter)
  • Instagram
  • TikTok
連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)13 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 ――ここは素早く退き、守りの堅い砥石(といし)城に集まって戦うべきではないか。事態は切迫しており、一刻の猶予もならぬ。されど、この海野城を捨て、撤退することに対し、気位の高い棟綱(むねつな)殿は了とするであろうか。
 滋野(しげの)一統の惣領である海野棟綱の判断を危惧していた。
 ――ともあれ、まずは幸義(ゆきよし)殿と話をつけ、何とか棟綱殿に得心していただくしかあるまい。
 幸隆は先に棟綱の嫡男である海野幸義を説得すると決めた。 
「それがしは幸義殿と話をしてくるゆえ、今の報告を棟綱殿にしておいてくれ」
「承知いたしました」
 使番は素早く踵(きびす)を返す。
 幸隆は城門の付近で備えている海野幸義の処(ところ)へ向かい、物見からの報告をすべて伝える。
「幸義殿、あえて直入に申し上げる。この城へ三方から寄せられては持ち堪(こた)えられませぬ。総勢で砥石城へ入り、戦いを構えた方がよい。今すぐに動かねば、手遅れになりまする」
「それがしも同感だ。まさか村上義清(よしきよ)と武田、諏訪が手を組むとはな……」
「棟綱殿は本城からの撤退を厭(いや)がるかもしれませぬが、一緒に説得してくれませぬか。素早くここを退いた後、山内上杉(やまのうちうえすぎ)憲政(のりまさ)殿に援軍を頼むのが上策かと」
「それがよいかもしれぬな。父上はこの身が説き伏せる。まずは神川(かみがわ)を渡り、橋に火をかけて落としてしまえば、いくばくかの時を稼げるはず」
 海野幸義も素早く策を提示する。
「では、すぐに棟綱殿へ献策いたしましょう」
 幸隆は内心ほっとしながら答えた。
 二人はまず城から上野(こうずけ)の関東管領職(かんれいしき)に早馬を飛ばす。それから、海野棟綱の処へ行き、城からの撤退を進言する。
「うぅむ……」
 話を聞いた棟綱は渋い表情で黙り込む。
 やはり、一戦も交えずに本拠から退くことには、滋野一統の惣領(そうりょう)として抵抗があるようだ。
「……幸義、敵が三方から寄せてくるというのは、まことなのか?」
「まことにござりまする。父上、お気持ちはお察しいたしますが、ここは決断を急いだ方がよろしいかと」
 海野幸義は厳しい面持ちで進言する。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
Back number
第七章 新波到来(しんぱとうらい)6
第七章 新波到来(しんぱとうらい)5
第七章 新波到来(しんぱとうらい)4
第七章 新波到来(しんぱとうらい)3
第七章 新波到来(しんぱとうらい)2
第七章 新波到来(しんぱとうらい)
第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)8
第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)7
第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)6
第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)5
第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)4
第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)3
第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)2
第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)
第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)11
第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)10
第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)9
第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)8
第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)7
第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)6
第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)5
第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)4
第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)3
第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)2
第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)20
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)19
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)18
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)17
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)16
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)15
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)14
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)13
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)12
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)11
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)10
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)9
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)8
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)7
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)6
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)5
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)4
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)3
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)2
第四章 万死一生(ばんしいっしょう)
第三章 出師挫折(すいしざせつ)25
第三章 出師挫折(すいしざせつ)24
第三章 出師挫折(すいしざせつ)23
第三章 出師挫折(すいしざせつ)22
第三章 出師挫折(すいしざせつ)21
第三章 出師挫折(すいしざせつ)20
第三章 出師挫折(すいしざせつ)19
第三章 出師挫折(すいしざせつ)18
第三章 出師挫折(すいしざせつ)17
第三章 出師挫折(すいしざせつ)16
第三章 出師挫折(すいしざせつ)15
第三章 出師挫折(すいしざせつ)14
第三章 出師挫折(すいしざせつ)13
第三章 出師挫折(すいしざせつ)12
第三章 出師挫折(すいしざせつ)11
第三章 出師挫折(すいしざせつ)10
第三章 出師挫折(すいしざせつ)9
第三章 出師挫折(すいしざせつ)8
第三章 出師挫折(すいしざせつ)7
第三章 出師挫折(すいしざせつ)6
第三章 出師挫折(すいしざせつ)5
第三章 出師挫折(すいしざせつ)4
第三章 出師挫折(すいしざせつ)3
第三章 出師挫折(すいしざせつ)2
第三章 出師挫折(すいしざせつ)
第二章 敢為果断(かんいかだん)22
第二章 敢為果断(かんいかだん)21
第二章 敢為果断(かんいかだん)20
第二章 敢為果断(かんいかだん)19
第二章 敢為果断(かんいかだん)18
第二章 敢為果断(かんいかだん)17
第二章 敢為果断(かんいかだん)16
第二章 敢為果断(かんいかだん)15
第二章 敢為果断(かんいかだん)14
第二章 敢為果断(かんいかだん)13
第二章 敢為果断(かんいかだん)12
第二章 敢為果断(かんいかだん)11
第二章 敢為果断(かんいかだん)10
第二章 敢為果断(かんいかだん)9
第二章 敢為果断(かんいかだん)8
第二章 敢為果断(かんいかだん)7
第二章 敢為果断(かんいかだん)6
第二章 敢為果断(かんいかだん)5
第二章 敢為果断(かんいかだん)4
第二章 敢為果断(かんいかだん)3
第二章 敢為果断(かんいかだん)2
第二章 敢為果断(かんいかだん)
第一章 初陣立志16
第一章 初陣立志15
第一章 初陣立志14
第一章 初陣立志13
第一章 初陣立志12
第一章 初陣立志11
第一章 初陣立志10
第一章 初陣立志9
第一章 初陣立志8
第一章 初陣立志7
第一章 初陣立志6
第一章 初陣立志5
第一章 初陣立志4
第一章 初陣立志3
第一章 初陣立志2
第一章 初陣立志