連載
新 戦国太平記 信玄
第二章 敢為果断(かんいかだん)7 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   十   (承前)

「……正確に申せば、逆さ当て馬にござりまする。牧場(まきば)において馬の種付けをする際、普通は牝馬(ひんば)の発情を促すために雄(おす)の試情馬(しじょうば)を見せますが、稀(まれ)に種馬となる優秀な牡馬(ぼば)が奥手で、すでに牝馬の準備が整っている場合に、何頭か別の雌(めす)を見せてその気にさせることがありまする。それが逆さ当て馬」
 信方(のぶかた)の説明に、晴信(はるのぶ)が顔をしかめる。
「この身が、その牡馬だと!?」
「思い当たりませぬか?」
「言われてみれば、さようにも思えるが……。されど、馬に喩(たと)えるのはあまりに無礼ではないか!」
 晴信が睨(にら)む。
 笑いを堪(こら)えていた傅役(もりやく)に対し、立腹していたようだ。
 その気配を察し、信方が空咳(からせき)をしてから、それとなく話の向きを変える。
「若、この場合、大事なのは馬の喩えではなく、なにゆえ侍女(まかたち)たちが恥を忍んでまでも頑張るのか、ということにござりまする」
「さようなことはわかっておる」
「いえいえ、深く考えれば、侍女たちにとっても、ただのお世話というわけではありますまい。ひとつの目的に向かって真剣に役目をこなしており、その意味を汲(く)み取ってやらねばなりませぬ」
 真剣な表情に戻った信方を、晴信はじっと見つめる。
「……世嗣(よつ)ぎ作り……ということか」
「それ以外に考えられまするか?」
「……されど、子は天からの授かり物と申すではないか。焦ってみたとて、どうなるものでもあるまい。ゆっくりと時をかけて慶子(けいし)殿と睦(むつ)み合うていくしかなかろう」
 晴信は仏頂面で答える。
「確かに、若やわれらからすれば、そうなるでありましょう。されど、三条(さんじょう)の御方(おかた)様の立場になってお考えくださりませ」
「慶子殿の立場?」



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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