十 (承前) 「……正確に申せば、逆さ当て馬にござりまする。牧場(まきば)において馬の種付けをする際、普通は牝馬(ひんば)の発情を促すために雄(おす)の試情馬(しじょうば)を見せますが、稀(まれ)に種馬となる優秀な牡馬(ぼば)が奥手で、すでに牝馬の準備が整っている場合に、何頭か別の雌(めす)を見せてその気にさせることがありまする。それが逆さ当て馬」 信方(のぶかた)の説明に、晴信(はるのぶ)が顔をしかめる。 「この身が、その牡馬だと!?」 「思い当たりませぬか?」 「言われてみれば、さようにも思えるが……。されど、馬に喩(たと)えるのはあまりに無礼ではないか!」 晴信が睨(にら)む。 笑いを堪(こら)えていた傅役(もりやく)に対し、立腹していたようだ。 その気配を察し、信方が空咳(からせき)をしてから、それとなく話の向きを変える。 「若、この場合、大事なのは馬の喩えではなく、なにゆえ侍女(まかたち)たちが恥を忍んでまでも頑張るのか、ということにござりまする」 「さようなことはわかっておる」 「いえいえ、深く考えれば、侍女たちにとっても、ただのお世話というわけではありますまい。ひとつの目的に向かって真剣に役目をこなしており、その意味を汲(く)み取ってやらねばなりませぬ」 真剣な表情に戻った信方を、晴信はじっと見つめる。 「……世嗣(よつ)ぎ作り……ということか」 「それ以外に考えられまするか?」 「……されど、子は天からの授かり物と申すではないか。焦ってみたとて、どうなるものでもあるまい。ゆっくりと時をかけて慶子(けいし)殿と睦(むつ)み合うていくしかなかろう」 晴信は仏頂面で答える。 「確かに、若やわれらからすれば、そうなるでありましょう。されど、三条(さんじょう)の御方(おかた)様の立場になってお考えくださりませ」 「慶子殿の立場?」