第七章 新波到来(しんぱとうらい)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
七十九
盟友、長野(ながの)業正(なりまさ)、急逝!
早馬の一報を受けた上泉(かみいずみ)秀綱(ひでつな)は、二人の家臣だけを伴い、すぐに本拠の大胡(おおご)城を出立して箕輪(みのわ)城へ向かう。
それが永禄(えいろく)四年(一五六一)十一月二十三日未明のことだった。
――北条(ほうじょう)と武田が大きく動き始めた矢先に、業正殿が身罷(みまか)られるとは……。このまま上州が総崩れになる怖れさえある。
上泉秀綱は奥歯を嚙(か)みしめ、手綱をしごく。
やがて、薄闇の中に聳(そび)え立つ箕輪城の影が見えてくる。
この城は榛名山(はるなさん)東南麓の河岸段丘に梯郭(ていかく)式にいくつもの曲輪(くるわ)が配された広大な平山城である。
西には榛名白川(しらかわ)、南には榛名沼があり、そのふたつが天然の堀を形成して堅固な守りを誇っている。坂東(ばんどう)でも屈指の名城だった。
秀綱の一行は西側の搦手口(からめてぐち)へ廻(まわ)り込み、番兵に声をかける。
「大胡の上泉伊勢守(いせのかみ)、秀綱である。藤井(ふじい)殿とのお約束ゆえ、開門を願いたい」
物見窓から三人の面相が確かめられた後、重々しく搦手門の扉が開かれた。
搦手口から馬出(うまだし)道を上っていくと最短で二の丸に辿(たど)り着くことができ、その南側に箕輪城の本丸がある。
そこでは長野家の家宰(かさい)、藤井友忠(ともただ)が待っていた。
「おお、伊勢守殿。お待ちしておりましたぞ」
「豊後守(ぶんごのかみ)殿、こたびは何と申せばよいやら……」
上泉秀綱は睫毛(まつげ)を伏せ、微(かす)かに俯(うつむ)く。
「伊勢守殿、どうかそのままで。御屋形様のことは、まだ城内でも内密のことゆえ」
「……わかりました」
「供の方は、そのお二人だけにござりまするか」
「はい。さすがに単騎というわけにはいかず、信頼できる者だけを伴ってまいりました。意伯(いはく)、小伯(こはく)」
秀綱に促され、供してきた神後(じんご)宗治(むねはる)と疋田(ひきた)景兼(かげとも)が頭を下げる。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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