よみもの・連載

信玄

第七章 新波到来(しんぱとうらい)3

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 そんな家臣が、勝頼の新たな側近となる者たちだった。
「有り難うござりまする、父上。……ところでひとつ、お訊ねしてもよろしゅうござりましょうや」
「何であるか、勝頼」
「いま兄上が西上野へ御出陣なさっていると聞きました」
「さようだ」
「……あのぅ、それがしの初陣も上野となるのでありましょうか?」
「そなたの初陣は高遠城への移封が落ち着いてから、相応しき戦場を見繕おうと思っておる。まだ上野になるとは決まっておらぬが、たまさか、そうなるやもしれぬ。大事な出陣となるゆえ、精進を怠らず、焦らずに待つがよい」
「はい……」
「どうした、不満でもあるのか?」
「いいえ。不満ではなく、兄上とご一緒に出陣し、一助となるべきではないか、と考えましてござりまする」
「さようか……」
 信玄は改めて勝頼の顔を見つめる。
 ――少し会わぬ間に、すっかり大人びた物言いになった。義信といいい、倅(せがれ)たちの成長は早い。いつまでも童(わらわ)扱いはできぬな。
「義信も同じことを申していたぞ。そなたの初陣を見守りたい、とな。こたびは叶(かな)わぬが、これから兄弟で戦場を共にする機会はいくらでもある。そなたの気概は、しかと受け取っておく。義信にも伝えておこう」
「重ねて、有り難うござりまする」
「さて、役目の話はここまでだ。今宵(こよい)はゆっくりと、盃(さかずき)を傾けようぞ」
 信玄は笑顔で盃を手にした。
 高遠城の改修も佳境に入っており、奉行をしている馬場(ばば)信房(のぶふさ)の処(ところ)へ、飯田(いいだ)城々代となった秋山(あきやま)虎繁(とらしげ)がやって来る。
「民部殿、ご苦労様にござりまする」
「おお、虎繁か」
「城の改修は順調のようにござりまするな。見違えましたぞ。さすがは民部殿。やはり、並の者とは腕前が違いまする」
「こそばゆい世辞を申すな」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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