第七章 新波到来(しんぱとうらい)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「伊勢守殿、とにかく中へ。そこで話をいたしましょう」
藤井友忠は三人を本丸奥の間へ案内した。
着座してすぐに、上泉秀綱が訊く。
「業盛(なりもり)殿は、いかがなされておりまするか?」
「若君は御前曲輪におられ、御屋形様の御遺体に付き添っておられまする。ずっと、哭(な)き通しで……」
友忠の言った若君とは、業正の嫡男、長野業盛のことである。
業正の長男であった吉業(よしなり)はすでに病死していたため、側室の子であった次男の業盛が家督を嗣(つ)ぐ嫡男と見なされている。
しかし、長野業盛はまだ齢(よわい)十七であり、箕輪衆を率いる惣領(そうりょう)の役目を担うには若すぎた。
病いに臥(ふ)した業正は、上泉秀綱に業盛の名を挙げ、幼くして家督を継ぐ者の後見を願った。
秀綱は東上野(ひがしこうずけ)の大胡城を本拠地とする厩橋(うまやばし)衆の筆頭である。
だが、北条勢との戦いを続ける中で、箕輪衆筆頭の長野業正との絆(きずな)を深め、かけがえのない盟友となった。
秀綱は東上野のまとめ役でありながら、「長野十六騎」と呼ばれる箕輪衆の主要な客将としても認められている。
そして、この漢(おとこ)は新陰(しんかげ)流という独自の流派を持つ、坂東一の兵法者でもあった。
つい先月、長野業正は箕輪城の中に秀綱のための居館まで用意して後事を託していた。
「豊後守殿、このことを知っている方は他にもおられまするか?」
秀綱の問いに、藤井友忠は小さく頷(うなず)く。
「城中では下田大膳(しもだだいぜん)、外の者ではそなたを除けば、石井讃岐守(いしいさぬきのかみ)殿にだけは知らせてありまする」
「ああ、鷹留(たかとめ)城の石井信房(のぶふさ)殿にござりまするか」
「実はここだけの話なのだが、御屋形様の病いが重篤になってからは、箕輪衆の中にも武田と盟を結んだ方がよいのではないかと申す者が出始め、このことを詳(つまび)らかにするわけにはいかぬ」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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