第七章 新波到来(しんぱとうらい)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「よろしくお願いいたしまする。もちろん、先ほどの件も合わせて」
秋山虎繁は人懐こい笑みを浮かべる。
「任せておけ」
二人の密談があってから半月ほどが経(た)ち、暮れも押し詰まった頃に、信玄が高遠城を検分することになった。
月誉平(つきよだいら)の西の丘陵に築かれた高遠城は、三方を河に囲まれた天然の要害であり、北を流れる藤沢川(ふじさわがわ)と南を流れる三峰川(みぶがわ)がちょうど西側で合流している。
本丸を中心に二の丸、三の丸、笹(ささ)曲輪、勘助(かんすけ)曲輪、法幢院(ほうどういん)曲輪などの郭(くるわ)が配置されているが、馬場信房は今回の改修で新たに南曲輪を築き、それぞれの郭を深い空堀で分断し、要所には虎口を設けた。
西の大手門と東の搦手門を補強し、城攻めにあっても容易には本丸に辿り着けない縄張りへと変貌させたのである。
それらを細かく見て廻った信玄は、満足そうに頷く。
「上出来だ、民部。特に、両櫓門(やぐらもん)の構えが素晴らしい」
「有り難き御言葉にござりまする」
「室礼(しつらい)については、これからか?」
信玄が言った室礼とは、室内の装飾や調度類の配置のことであり、いわゆる「設(しつら)え」を意味している。
「はい。取り急ぎ、年明けから始めたいと思うておりまする」
「さようか。引き続き頼む」
「お任せくださりませ」
馬場信房が頭を下げながら言葉を続ける。
「御屋形様、実はいくつか、ご報告申し上げたい件がござりまする」
「さようか。では、室で聞こうか」
「お願いいたしまする」
二人は本丸の御座処へと入った。
馬場信房はさっそく秋山虎繁から聞いた東海道の状況を伝える。
その詳細に、信玄は眉ひとつ動かさず、真剣に聞き入っていた。
「……これらの諜知を行いました伯耆守(ほうきのかみ)曰(いわ)く、設楽郡の今川国人衆に調略を仕掛けてはいかがか、ということにござりました。それがしもその策には利があると考えましてござりまする」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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