第七章 新波到来(しんぱとうらい)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「虎繁から?……何であるか?」
「飯田城へ移ったことを機会に、伯耆守が改名したいと申しておりまする」
「ほう、虎繁が……」
信玄が薄く笑う。
「……虎の一字が重すぎるか」
「できれば、御屋形様から御偏諱をいただき、新たなる名乗りをしたいという願いにござりました」
「さようか。虎繁がそなたを通じて願ってきたか」
「はい」
「あの者もようやく根回しというものがわかってきたようだな。よろしかろう。新たな名を考えておく」
「有り難き仕合わせ。伯耆守も大喜びいたすと存じまする」
馬場信房は安堵(あんど)した面持ちで頭を下げた。
この会談があった後、年が明けて永禄五年(一五六二)の一月半ばになり、秋山虎繁は主君の偏諱をもらい、「信友(のぶとも)と名乗ることになった。
馬場信房が進める高遠城の改修も順調に進み、春を迎える頃に大詰めを迎える。
桔梗(ききょう)の花が咲き始める頃(六月)、勝頼は高遠城へ入って伊那郡領主となり、従弟の武田信豊(のぶとよ)らと同じく親族衆に列せられることになった。
その間、嫡男の義信は西上野に留まり、着々と足場を固めていた。
和田(わだ)城に近い多胡(たご)郡の山名(やまな)城を攻め落とし、城主であった木部(きべ)範虎(のりとら)を箕輪城へ追いやる。この者は長野業正の娘婿にして箕輪衆の同心であった。
そして、義信と飯富(おぶ)虎昌(とらまさ)は次の標的を碓氷(うすい)峠筋(東山道〈とうさんどう〉)の安中(あんなか)城や松井田(まついだ)城と定めていた。
その動きに呼応するが如く、吾妻(あがつま)郡では真田(さなだ)幸隆(ゆきたか)も動き始める。
「一徳斎(いっとくさい)殿、実は武田家に誼を通じたいという者がおりまして」
甥(おい)の鎌原(かんばら)幸重(ゆきしげ)の報告を聞き、幸隆の表情が変わる。
「吾妻の者か?」
「はい。手子丸(てこまる)城の浦野(うらの)重成(しげなり)殿にござりまする」
手子丸城は吾妻郡の中で草津(くさつ)街道や越後街道が分岐する交通の要衝に位置し、斎藤憲広(のりひろ)の岩櫃(いわびつ)城にも近い重要な拠点である。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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