よみもの・連載

信玄

第七章 新波到来(しんぱとうらい)2

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

   七十八

 二人が廊下で話をしていたのと同じ頃、信玄は馬場(ばば)信房(のぶふさ)にあることを依頼していた。
「民部(みんぶ)、実は先ほども話に出ていた四郎(しろう)のことなのだが、元服も済んだことだし、正式に諏訪(すわ)の名跡を嗣(つ)がせたい。その際に、諏訪から上伊那(かみいな)の高遠(たかとお)城へ移らせようと思うておる。そなたには四郎が入る前に、かの城の修築を頼みたい」
「はい。異存はござりませぬが、いまの城代である伯耆守(ほうきのかみ)は?」
 馬場信房は現在の高遠城々代である秋山(あきやま)虎繁(とらしげ)の処遇について訊ねる。
「虎繁には飯田(いいだ)城の城代を務めてもらう。今、皆の眼は上野(こうずけ)に向いているようだが、余は下伊那(しもいな)から遠江(とおとうみ)辺りを警戒しておくべきと見ている。義元(よしもと)殿亡き後の今川(いまがわ)家の衰退は看過できぬ。東海道への目配りを怠ることはできぬ」
 信玄の言葉に、馬場信房が頷(うなず)く。
「仰せの通りにござりまする」
「虎繁には飯田城から遠江と三河の諜知(ちょうち)を行うように伝えてくれ。これまで今川家に与(くみ)してきた国人(こくじん)衆の動きが怪しい。おそらく、離反して織田(おだ)信長(のぶなが)とやらに付く者たちが出てくるであろう。場合によっては、今川家への加勢ではなく、独自に兵を出さなければならなくなるやもしれぬ」
「心得ておきまする」
「本来ならば、道鬼斎(どうきさい)に頼もうと考えていた件ではあったのだが……」
 信玄が言ったように、最初に高遠城の改修を行ったのは山本(やまもと)菅助(かんすけ)であった。
「……されど、今となっては、それも叶(かな)わぬ。かの匠(たくみ)が生きておればな。返す返すも、口惜しい」
「まことにござりまする」
「しかれども、そなたが奉行した深志(ふかし)城の改修を見た限り、道鬼斎の腕にも劣らぬと思うておる」
「……過分な御言葉にござりまする」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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