よみもの・連載

信玄

第七章 新波到来(しんぱとうらい)2

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 武田に恭順の意を示した城主の高田繁頼が出迎える。
「若君様、兵部(ひょうぶ)殿、ご足労をおかけいたしまして畏れ入りまする。お越しを待ちわびておりました」
「大和守(やまとのかみ)、直々の出迎え、大儀であった」
 義信は眉ひとつ動かさずに訊く。
「国峯(くにみね)城の様子はどうであるか?」
「かなり前から皆様方の越境があるという風聞を流しておきましたので、甘楽の辺りは騒然としておりましたが、今は息をひそめて外を窺(うかが)うように城門を閉ざしておりまする。越後に尻尾を振った小幡(おばた)景定(かげさだ)も生きた心地がしないのではありますまいか」
 高田繁頼は国峯城の小幡景定を嘲笑(あざわら)う。
「して、城兵の数は、いかほどか?」
「とうてい一千には満たないかと。おそらく五百から八百の間というところではありませぬか」
「さようか。ならば、城を囲む前に、まずは開城の勧告をすべきだな」
 義信は飯富虎昌に言った。
「若、軽く三千ほどを押し出した上で、そこから使者を向かわせましょう。大和守、そなたに遣いを頼めるか?」
「もちろんにござりまする」
 高田繁頼が快諾した。
 脇に控えていた小幡憲重(のりしげ)が申し出る。
「若様、先陣は是非とも、われら親子にお任せいただけませぬか」
「構わぬぞ。元々、そなたらの城だ。無血で奪い返すがよい」
 義信は元の城主であった小幡憲重と信実(のぶざね)の親子に先陣を許した。
「有り難き仕合わせにござりまする」
 小幡憲重は深々と頭を下げてから、高田繁頼の方に向き直る。
「小次郎(こじろう)、かたじけなし。そなたが誘いに応じてくれたおかげで城へ戻れそうだ」
「水くさいことを申すな。こちらこそ、そなたが声をかけてくれて助かった。ちょうど潮時だと考えていたところだ」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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