第七章 新波到来(しんぱとうらい)2
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「無用に諫めれば、父上がお怒りになると?」
「……そうかもしれませぬ」
「父上のお怒りを怖れているばかりでは、嫡男としての役目は果たせぬ!」
「……それも仰せの通りかと」
「ならば、そなたから訊ねてくれぬか、兵部」
「……め、滅相もござりませぬ。ご勘弁くださりませ」
「結局は、そうなってしまうではないか。誰も父上と向かい合おうとせぬのだ。やはり、この身がやらねばならぬ」
「わかりました。若が御屋形様とお話しなさる時には、必ずこの身も同席させていただきまする。それゆえ、あまりお急ぎにならぬようお願い申し上げまする。今はこの大事なお役目に専心し、油川殿のお子が誕生してから一息入れ、お話しなさるのでも遅くはありますまい。その時に、若がお訊ねしたいことをすべて御屋形様にぶつければよろしい。それで、いかがにござりまするか」
傅役は苦肉の策を提示する。
「うぅむ……」
まだ不満そうな面持ちで、義信は口唇をねじ曲げる。
「……そなたがそこまで申すならば、時期については、もう一度考えてみる」
「有り難き仕合わせ」
飯富虎昌は両手をついて頭を下げる。
――若はすでに御自分が家督を嗣いだ時のことまで考えておられる。その御覚悟は立派だと思うが、先走りせぬよう気をつけておかねばならぬ。なにせ、諫言(かんげん)の相手は、あの御屋形様であるからな。逆鱗(げきりん)に触れぬよう捌(さば)かねば……。それが重臣筆頭の役割であり、己がまだ傅役であることの証(あかし)なのだ。
「頭を上げてくれ、兵部。そなたの心配は、よくわかった」
義信も傅役の思いを汲(く)み、己を抑えたようだ。
こうした懊悩(おうのう)と対照的に、西上野での調略は順調に進む。
師走に入って間もなく、庭谷城の庭屋左衛門尉の仲介により、天引城の甘尾若狭守、神保城の神保昌光、長根城の小河原重清など内山峠筋の国人衆が次々と武田家の傘下に加わることになった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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