第七章 新波到来(しんぱとうらい)2
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「まこと……のようにござりまする。されど、それがしも油川殿と御子たちのことは詳しく存じませぬ。御屋形様は誰にもご相談なさらぬ上に、これまでは三条(さんじょう)の御方(おかた)様や諏訪の御寮人のこともあり、お訊ねすることも憚(はばか)られましたので」
「されど、油川殿の息子とて、四郎と同じく、それがしの兄弟ではないか。まだ乳離れしたばかりの童(わらわ)だとしても、なにゆえ父上はこうまで遠ざけようとなさるのであろうか。まったく得心(とくしん)いかぬ。油川殿のこととて同様だ。新しき子ができたことまで身内に隠さなくてもよかろう。少なくとも、奥の主である母上にはご報告なされるのが筋というものではないか」
義信はあからさまに不満を述べる。
「……確かに、仰せの通りかと」
「父上が油川殿にご執心なのは構わぬが、御台所(みだいどころ)のことも大事にしていただかねば筋が通らぬ。それでなくとも、母上はまったくお渡りがないことを気になされているのだ。せめて、夕餉(ゆうげ)ぐらいは共にして、お話しなさればよいのだ。そうは思わぬか、兵部?」
「……さように、思いまする」
「誰も父上をお諫(いさ)めできぬというならば、この身がお話し申し上げねばならぬ!」
語気を強めた義信を、飯富虎昌は上目遣いで見る。
「……若、それはいかがなもの、かと」
「いや、これは大事な話だ。当家の血筋に関わる問題であるからな。もしも、油川殿のお子が男子であった場合、四郎と昨年生まれた弟に加えて、さらに弟となるものが三人も増えるということだ。実際、その者たちが武田の名跡に入るのか、四郎の如く別の家を嗣ぐのか、あるいは出家をいたすのか、父上だけの問題ではあるまい。この身が家督を嗣ぐ時にも、大いに関わりが出てくる事柄だ。それを何もなかったかのようにされることだけは我慢できぬ。兄弟を束ねるべき長男は、それがしなのだ!」
「……仰せの通りにござりまする」
虎昌も義信の真摯な思いと責任感は充分に理解していた。
「そなたは何事もなかったかのように、それがしが黙っているべきだと思うか?」
「……思いませぬ。……思いませぬが、何分にも繊細な問題ゆえ、切り出す機微が難しいのではないかと」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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