二 (承前) 幾重にも積み重なる悩みの中で踠 (もが)きながら、太郎は決して前進を止めようとしていない。 その姿を見て、板垣(いたがき)信方(のぶかた)は少しだけ安堵した。 ――それにしても、虎春(とらはる)の不遜(ふそん)な態度だけは許せぬ。 屋敷に戻ってからも、後輩である飯田虎春の物言いを思い出す度に怒りがこみ上げてくる。 ――あ奴があれほど偉そうに振る舞うからには、後ろに同じような考えの重臣たちがいるということか。たまさか御屋形様の不興を買うたからとはいえ、太郎様を軽んじることだけは決して許すまじ……。 膳を前にしても、浮かない顔で何かを考え込んでいる信方を見て、妻の藤乃(ふじの)が訊く。 「どうなされました、お前様。さように渋い、お顔をなされて」 「えっ?……ああ、いや、近頃なにかと悩み事が多くてな」 「お役目のことにござりまするか。それならば、わたくしには何もできませぬが、せめて夕餉(ゆうげ)の時ぐらい、息を抜かれてはいかがにござりまするか」 藤乃は酒の入った片口を持ち上げながら笑顔をつくる。 「そうであったな……」 信方は盃を持ち上げながら頷く。 「なあ、於藤(おふじ)。なかなか心を開いてくれぬ若い女子(おなご)と打ちとけるには、どうすればよいのであろうな?」 前後の脈絡もなく、いきなり、ぶっきらぼうな質問をぶつけた。 それを聞いた妻の顔色が変わる。 「お前様、まさか……」 藤乃の細い眉の端が吊り上がった。 「いや、違う……」 慌てた信方が両手を振る。 「……違う、違うぞ! それがしのことではない。太郎様に輿入れなされた扇谷上杉(おうぎがやつうえすぎ)の姫様のことなのだ。……側女(そばめ)を置くなど、滅相もない。さようなことは、まったく考えておらぬ」 側女を置くとは、正室とは別の女人を閨(ねや)へ迎え入れることである。 「朝霧(あさぎり)様のことにござりまするか……」 ひとつ歳上の女房である藤乃は、「若い女子」という言葉に敏感だった。 「ならば、最初に申してくださりませ。いきなり『若い女子の気を惹く』などと言われては、こちらが勘違いいたしまする」 「……すまぬ。太郎様が『朝霧姫とお話もできておらぬ』と悩んでおられたので、どうしたものかと考えておった。長らく大井の御方様に仕えてきた、そなたならば何かわかるのではないかと思うてな」 信方は太郎から聞いた話を妻に打ち明ける。