「いや、於藤。久兵衛殿に一束一本を頼んでくれぬか」 「お前様、まことによろしいので?」 「ああ、別に今川へ内通しようというのではないのだ。太郎様をお助けするためなのだから、やましいことは何ひとつあるまい」 「わかりました。久兵衛殿が数日中に御方様のもとへおいでになることになっておりますゆえ、その時に頼んでおきまする。御方様にこのことをお伝えしておくべきでありましょうか」 「そうだな……。御方様へは、立花殿とのお話だけをお願いしてくれぬか。久兵衛殿に贈り物を探してもらう件については、あえて、お知らせせぬ方がよかろう。この身が勝手に依頼することだ」 「承知いたしました。されど、もうひとつ心配なことが……」 「何であるか。遠慮せずに申せ」 「昨年の夏は大雨続きで、甲斐は不作にござりました。いつも、お野菜を届けてくれる農家の方も困っておりまする。久兵衛殿が申されるには、隣国も同様で年末から飢饉の如き状態が続き、疫病も流行っているとのこと。これで戦でも起きたならば、通行の不便な甲斐では食物が底をついてしまうのではありませぬか」 「不作の話は評定の場でも問題になっておる。されど、こればかりは天候に関わることゆえ、いかんともしがたい。御屋形様もかような時に大きな戦を仕掛けるということもなさるまい。扶持米(ふちまい)の節約を頼む」 「わかりました」 藤乃は笑顔をつくって頷く。 「今は辛抱の時だ」 信方は己に言い聞かせるように呟いた。 翌日、太郎に藤乃と話したことを伝える。 「贈り物はこちらで見繕いますゆえ、若は朝霧様にお渡しする文をお考えくだされ」 「書状か……。しかも、女人に渡すものとなれば、女仮名を使わねばならぬのではないか。それは難しい」 太郎は思わず顔をしかめる。 「ここはひとつ、歌でも創り、贈られてはいかがにござりまするか」 「そなたは藤乃殿に歌を贈ったことがあるのか!?」 「……あるわけが、ありますまい。生来、無骨ゆえ」 信方の答えに、太郎は薄く笑う。 「で、あろうな。御老師に文の書き方や和歌(やまとうた)についても講話を施していただくしかないな」 「それがよろしいかと」 「問題は弓箭(きゅうせん)だ」 太郎が言ったように、弓箭の上達は急務だったが、さほど簡単に上手くなるものでもなかった。 指南役となった飯田虎春からも、なかなか理合を認めた書面が上がってこない。 そして、十日をゆうに超え、やっと太郎に渡されたものは、ただ似たような言葉が連ねられているだけで要領を得なかった。