「板垣、これを読み、注釈を加えてくれぬか。今のままでは、さっぱり弓箭の要諦が理解できぬ」 「やはり、馬脚を露わしましたか。虎春は口だけが達者で、弓箭の腕前はさほどでもありませぬ。これで、若に指南できるほどの器ではないということが、はっきりいたしましたな」 「されど、確かに次郎の腕前は上がっているようだが」 「それは……。それは、次郎様の筋が良すぎるからでありましょう」 「すまぬな、筋が悪くて」 「またまた、さような意味で申したわけではありませぬ」 「いや、まことのことだ。見たままにやってみよと言われても、それがうまくいかぬ。次郎は、いとも簡単にそれができる。この身の場合、説明されても腑に落ちるまでに、それなりの時がかかる。おそらく不器用なのだと思う」 「いいえ、若は慎重すぎるだけにござりまする。武経七書(ぶけいしちしょ)の修学を見ていても、呑み込みの疾(はや)さは随一。決して不器用だとは思いませぬ」 「では、弓箭も修学できるよう、そなたが注釈を入れてくれないか。確かに、板垣の腕前は凄いと思う。だから、それを言葉でわかるように示してくれぬか」 「……実践と指南書を記すことは別にござりましょう」 「できぬとなれば、口だけが達者な誰かと同じ穴の狢(むじな)になってしまうと思うのだが」 太郎の言葉に、信方は口をへの字に曲げて黙り込む。 「そなたが注釈を入れてくれる間に、この身は朝霧殿への文を認(したた)めておくゆえ」 「……わかり申した。お預かりいたしまする」 信方は仏頂面で文書を受けとった。 やがて、睦月(一月)が終わり、事態が急に改善することはなかったが、とにかく二人三脚のように進むしかない。問題は家中に味方がほとんどいないことだった。 それでも暦が如月(二月)から弥生(三月)へ変わると、小さな朗報がもたらされた。下諏訪の商人、久兵衛が駿府で仕入れた一束一本を届けてくれたのである。 「若、贈り物にする品が届きました! 上等な飾り杉原と衵にござりまする」 信方が喜び勇んで太郎の処へやって来る。 「おお、届いたのか!?……お代はどうすれば、よいのだろう」 「大丈夫にござりまする。手配りをしてくれた商人が御婚儀へのお祝いとして受けとってほしいと申しておりました」 「まことか?」 「当家には日頃から世話になっている、ということで」 信方の話は本当だった。依頼された久兵衛が、太郎の婚儀に際して祝いをしていないことに恐縮し、藤乃に「お代は結構にござりまする」と申し入れてきたのである。 「何だか、祝儀をせがんだようで申し訳ないな」 「普段は御方様の御用聞きをしている商人ゆえ、それなりに気を遣うているのでありましょう。ここは母上様の御人徳に甘えておきませぬか」 「……そういうことか」 「そういうことにござりまする。ところで、文の用意はできましたか?」 「一応、認めておいたのだが」 「歌もお創りに?」 「いや、創ってはみたのだが、今ひとつ様にならなかった……」 太郎は困ったように笑う。