そのまま年が明けてしまったが、さすがに元旦の拝礼(はいらい)には太郎も姿を現した。 しかし、その姿には覇気どころか、精気さえ感じられない。 それを見た信虎は「気鬱がうつる」と宴席から太郎を下がらせる。当然のことながら、初射礼への参加も認められなかった。 その射礼がある日、信方は太郎を無理やり室から引っ張り出し、要害山(ようがいやま)へ登った。館に居れば、さらに気が滅入るだろうと考えたからである。 嫌々ながら山へ登った太郎は、ぼそりと呟く。 「……板垣、しばらく独りにしてくれぬか」 「わかりました。お好きなだけ、どうぞ。それがしは積翠寺(せきすいじ)におりまする」 「……気が済んだら、積翠寺まで下りる」 「御意」 信方は足早にその場を去った。 独りになった太郎はそこに座り込み、、所在なく膝を抱える。 気がつけば、北颪(きたおろし)が吹く季節になっていた。 哀しみはいつも、その寒風の中に漂っている。 ――この身が朝霧殿を殺してしまったのだろうか。それとも、武田家が見殺しにしてしまったのか。 太郎には侍女の瞳に宿った怨恨の焔が忘れられなかった。 その焔に、己の気力を根こそぎ焼き尽くされてしまったのである。 身内を失ったのは、初めてではない。腹違いの兄と弟が一人ずつ亡くなっている。しかし、共に七歳で死に、別の場所で育っていたため、身内という意識が希薄だった。 そういった意味では、朝霧姫とも親しく側にいたという記憶がほとんどなく、身内と呼べるかどうかさえも不確かだ。想い出といえば、初夜の時に合わせた背中の強ばりぐらいである。 それでも、朝霧姫は己の最初の妻だった。 後悔は山ほどある。 ――初夜の翌日から、もっと一緒にいて、もっと話をすればよかった。 そうすれば、朝霧姫が死ぬようなことはなかったようにも思える。 ――結局、この身は己のことしか考えておらず、目先のことに精一杯で優しい気遣いなどできなかった。ただ手前勝手な振舞をしただけだ。 太郎にも余裕がなかった。 しかし、朝霧姫はもっと切羽詰まっていたように思えた。 ――朝霧殿の子も、一緒に死んでしまったのだろうか? そう考えると、急に胸の奥から哀しみが滲み出てきた。それがあっという間に溢れ出し、津波のように己を押し流すのに、さほど時はかからなかった 太郎は膝の上に顔をつけ、哀しみに溺れまいと、必死で泪(なみだ)を堪(こら)える。しかし、止めきれなかった滴が手の甲を濡らした。 一度泪を流してしまえば、もう痩我慢など何の意味もない。ただ止めどなく泪が溢れ出すだけだった。 しまいには、赤子の如く、声を上げて哭き始めた。 いつかは自力で立ち上がるしかない。そのことはわかっていた。 わかってはいるが、今はただ蹲(うずくま)り、哭くしかなかった。 そんな太郎の姿を、積翠寺に下りたはずの信方が、少し離れた処から見守っていた。 ――いくらでも哭き続けるがよろしい。泪が涸(か)れ果てるまで。この身は若が御自分で立ち上がるまで、いつまででも待っておりまする。 信方は眼を細め、潤みを止めようとする。 太郎は哭き続けていた。 北颪がそんな二人の心を真冬の彼方へと運んでいった。