連載
新 戦国太平記 信玄
第二章 敢為果断(かんいかだん)6 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   十   (承前)

「こたびの会を通じて和歌とはまことに面白きものと思い始め、これからも学び続けたい。慶子(けいし)殿から都のことなどお聞きし、もっと風雅について知りたいと思うた」
 話の区切りで盃を干してから、晴信(はるのぶ)は言葉を続ける。
 いつもより早口で、さして脈絡もないまま歌会のことを喋っていた。話の合間に、ほとんど意識もせず酒を呷(あお)っている。 
「……されど、いただいた笛には、まだ手を付けておらぬ。この身は雅楽(ががく)の何たるかなど、まるで知らぬし、笛についての蘊蓄(うんちく)などを教えてもろうてからの方がよいであろうと思うた。二人で時を過ごすにあたり、それも大切な嗜(たしな)みとなろう」
 晴信の頬にだいぶ赤みがさしていた。 
 それを見た信方(のぶかた)が、己の盃を持ち上げて注意を促す。
「……若、少々、進み過ぎではないかと」
「えっ!?……ああ……」
 空になった盃を置き、晴信は思わず頭を搔く。
 ――まだ、婚儀のすべてが終わったわけではありませぬ。大事なことが残っておりませぬか?
 傅役(もりやく)の眼がそんなことを言いたそうに光っていた。
 確かに「御床入り」という二人きりの儀式が残っており、そこから真の意味で夫婦(めおと)としての時が始まる。
 そのことを思い出した晴信が急に神妙な面持ちとなる。
「……少し浮つきすぎたやもしれぬ」
 喋りすぎた己を恥じるように俯(うつむ)く。 
 座が静まり、雰囲気が強ばった。
 それを緩和させるように、信方が口を開く。 
「若、慣れぬ人々に囲まれ、御方様もだいぶお疲れだと存じまする。そろそろ人払いをし、のんびりなされるのがよろしいかと」
「では、わたくしどもは御褥(しとね)の支度をして参りまする」
 意図を察した常磐(ときわ)が間髪を入れずに立ち上がり、侍女(まかたち)たちを引き連れて寝所へ向かった。
「それがしは膳を下げてまいりまする」
 信方も気を利かし、小姓を急(せ)かせながら控えの間を後にする。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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