十 (承前) 「こたびの会を通じて和歌とはまことに面白きものと思い始め、これからも学び続けたい。慶子(けいし)殿から都のことなどお聞きし、もっと風雅について知りたいと思うた」 話の区切りで盃を干してから、晴信(はるのぶ)は言葉を続ける。 いつもより早口で、さして脈絡もないまま歌会のことを喋っていた。話の合間に、ほとんど意識もせず酒を呷(あお)っている。 「……されど、いただいた笛には、まだ手を付けておらぬ。この身は雅楽(ががく)の何たるかなど、まるで知らぬし、笛についての蘊蓄(うんちく)などを教えてもろうてからの方がよいであろうと思うた。二人で時を過ごすにあたり、それも大切な嗜(たしな)みとなろう」 晴信の頬にだいぶ赤みがさしていた。 それを見た信方(のぶかた)が、己の盃を持ち上げて注意を促す。 「……若、少々、進み過ぎではないかと」 「えっ!?……ああ……」 空になった盃を置き、晴信は思わず頭を搔く。 ――まだ、婚儀のすべてが終わったわけではありませぬ。大事なことが残っておりませぬか? 傅役(もりやく)の眼がそんなことを言いたそうに光っていた。 確かに「御床入り」という二人きりの儀式が残っており、そこから真の意味で夫婦(めおと)としての時が始まる。 そのことを思い出した晴信が急に神妙な面持ちとなる。 「……少し浮つきすぎたやもしれぬ」 喋りすぎた己を恥じるように俯(うつむ)く。 座が静まり、雰囲気が強ばった。 それを緩和させるように、信方が口を開く。 「若、慣れぬ人々に囲まれ、御方様もだいぶお疲れだと存じまする。そろそろ人払いをし、のんびりなされるのがよろしいかと」 「では、わたくしどもは御褥(しとね)の支度をして参りまする」 意図を察した常磐(ときわ)が間髪を入れずに立ち上がり、侍女(まかたち)たちを引き連れて寝所へ向かった。 「それがしは膳を下げてまいりまする」 信方も気を利かし、小姓を急(せ)かせながら控えの間を後にする。