「さようか。それがしは構わぬが」 「では、そのようにお願いいたしまする」 「板垣、そなたは常磐殿と細かく話をしているのか?」 「ええ、あの方は思いの外、さばさばしており、話も早いゆえ助かりまする。奥のことはお任せすることにしました」 意思の疎通が円滑に進み、信方も満足そうだった。 「何かありましたら、信房にお申し付けくださりませ」 「ああ、承知した」 晴信も頷いた。 この日から常磐たち慶子の侍女が晴信の身辺を世話することになった。 それから半月ほどが経ち、晴信が浮かない面持ちで信方の処(ところ)へやって来る。 「いかがなされました、若。さような御顔をなされて」 「うむ、実はな……」 そう言ってから、晴信は不意に口を噤(つぐ)む。 「……やはり、いい」 「何でござりまするか、若。言いかけた途中で止めるのは、よくありませぬぞ。余計、気に懸かるではありませぬか」 「……そなたに相談することではないかと思うてな」 「いやいや、相談したいから、わざわざお出でになったのでは?」 「最初はそう思うたのだが、よく考えると、そなたに話すようなことではないかもしれぬ」 「それはいけませぬぞ、若。気になって仕方ありませぬ。是非、お話しくだされ」 信方は不満そうな表情で言う。 「……少々、困ったことがあってな。信房を通じて伝えることもできぬ事柄だ」 「どうそ、何なりとお話しくだされ」 「実は、湯浴みのことなのだ。常磐殿たち侍女が細々と世話をしてくれるのは有り難いのだが、背中を流すと申して湯殿まで付いてこられるのはちょっとな……」 「ほう。これはまた至れり尽くせりではありませぬか」 「至れり尽くせりではない!……湯殿の中まで入られるのは困る。つまり、その、こちらは裸だし……」 晴信の話によると、湯浴みの時に侍女たちが背中を流してくれるという。 その時の姿が薄絹の襦袢だけであり、どうにも眼のやり場に困るらしい。当人としては気恥ずかしく、そこまでの世話は望んでいないということだった。 「……どうにかならぬかと思うたが、常磐殿に談判するのも何か気まずい」 困り切った晴信の顔を見て、思わず信方が噴き出す。 「なにゆえ、笑う、板垣!」 「……相すみませぬ、若」 口では謝っているが、まだ信方は笑い続けている。 「何がそんなにおかしい?」 晴信は怒った顔で訊く。 「……いや、その……さすが常磐殿だと思い……」 信方は苦しそうに笑いを堪(こら)える。 「だから、何がさすがなのだ」 「……いや、若……それは当て馬にござりまする……あははは……ああ、苦しい……」 「当て馬?」 「……はい……しばし、お待ちを」 己の頬を思い切り両手で叩き、信方はやっと笑いを止めた。