二人きりになった室は、やはり沈黙に包まれた。 それを気まずく感じたのか、慶子がぽつりと呟く。 「……さきほどの御言葉、嬉しゅうござりました」 「えっ!?」 「笛のお話」 「……あ、あれか」 「あの笛は龍笛(りゅうてき)と申しまして、吹きこなせるようになりますと、低い音の和(ふくら)から高い音の責(せめ)まで二十四律の音が縦横無尽に出まする。わたくしもまださほど上手ではありませぬが、何とか二十四律の音は出せるようになりました。『寂びた音は殿方の得手』と申しますので、晴信様はすぐに上達なさるのではありませぬか」 「まことに?」 「はい。さような気がいたしまする」 「初歩から教えてもらえるだろうか?」 「はい、是非に」 慶子は初めて満面の笑みを浮かべる。 「龍笛か……。何とも勇ましく美しい名であるな。吹きこなせれば、さぞかし妙音が出るのであろうな」 「はい。月がよく見える夜などは、鳴らしてみたくなりまする」 「なるほど、それが風流の心か……」 晴信は感心したように何度も頷(うなず)く。 その時、室の外から声が響いてきた。 「晴信様、慶子様、お支度ができましてござりまする」 常磐の声に、晴信が答える。 「……ああ、ご苦労であった。では、慶子殿。先にお着替えへ参られよ」 「はい。お先に失礼いたしまする」 慶子は侍女を伴い、寝所へ向かった。 独りになった晴信は両手を伸ばし、畳の上で仰向けになる。 ――余計なことは考えず、虚心で……。 軆(からだ)を伸ばしてみても不必要な力が入っており、どこか無用な緊張に縛られてしまう。 「はあぁ……」 なぜか大きな溜息が出た。 「若、大丈夫にござりまするか?」 その声に、晴信が視線を向けると、真顔の信方が室の外に控えている。 「お酔いになられましたか?」 「……いや、少し酔いたいと思うて呑んでみたが、まったく酒が利いている感じがせぬ」 「それは良うござりました。寝間着と犢鼻褌(たふさぎ)をお持ちしましたゆえ、お着替えなされませ」 信方は小姓に命じて着替えと湯を張った盥(たらい)を運び込ませる。