晴信は反動をつけて起き上がり、手早く装束を脱ぎ、褌(ふんどし)を外す。小姓から絞った手布(たのごい)でくまなく軆を拭き、肌を乾かした後、丹念に塗香(ずこう)した。 塗香とは、数種の香木を混ぜて粉末にした香を軆に塗って穢(けが)れを除くことである。 「……では、先に休ませてもらう」 長襦袢(ながじゅばん)を纏(まと)った晴信は大きく息吹を行う。 「ごゆるりとお休みなされませ」 信方が控えの間から送り出す。 綿の入った搔巻(かいまき)を羽織り、晴信は寝所へ向かった。 「晴信にござる」 そう言いながら、静かに襖(ふすま)を引く。 室内に入り、戸を閉めると、燭台(しょくだい)の灯りに照らされ、蒲団の脇に座った慶子の姿が見える。晴信と同じく、寒さを凌(しの)ぐために搔巻を羽織っていた。 「慶子殿、床へ入る前に、少し話を聞いてくれぬか」 「……はい」 「上手く話せるかどうか、わからぬゆえ、思うたままを素直に伝えたいと思う。そなたと夫婦になることが決まってから色々と考えたのだが、正直、こうして会うまで、どうしていけばよいか思案がまとまらず、ただ迷うていた。されど、さきほど笛の話などしてみて、気持ちが固まった。結論から申せば、そなたとは焦らずにゆっくりと時を重ね、慣れ親しんでいくのがよいと思うた。性急に寄り添おうとせず、一緒に飯を喰い、互いのことなど語り、わかり合っていきたい。そのために、それがしは進んで時を使いたい。さすれば、そなたも甲斐の水に馴染んでくれるのではなかろうか」 晴信の話を、慶子は真剣な面持ちで聞いている。 「正直に申せば、こうして二人きりでいることさえ恥ずかしい。情けない話だが、己がいかように振る舞えばよいか、わからなくなってしまうほどに……。されど、一緒であることに何の気詰まりもなく、逆に心地良さを感じている。矛盾しているようだが、それが偽りなき気持ちなのだ。そなたとならば、仲良くやっていけそうな予感を抱いている。だから、尚更、時が必要だと。さように申せばわかってもらえるだろうか?」 「晴信様は……」 慶子は長い睫毛(まつげ)を伏せながら言葉を続ける。 「……正直な御方にござりまする。それに、お優しい」 「優しい? それがしが?」 「はい。言葉の端々に、優しいお気遣いを感じまする」 「そうかな……」 晴信は照れたように頭を搔く。