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連載
新 戦国太平記 信玄
第二章 敢為果断(かんいかだん)15 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   十四 (承前) 

 件(くだん)の評定があった後、禰津(ねつ)元直(もとなお)が幸隆(ゆきたか)に詰め寄ってきた。
『幸隆殿、そなたもこのまま手をこまぬき、何もせぬままで凌(しの)げるとお考えか?』
『……決して安易にやり過ごせるとは、考えておりませぬが』
『ならば、なにゆえ、わが策に賛同してくれなかったのか?』
『それは……』
 幸隆は次の言葉を言い淀(よど)む。
 ――やはり、村上(むらかみ)義清(よしきよ)を信用できぬからだ。
 その一言を吞み込んだ。
『……最も成算のありそうな策を模索するためにござりまする』
『それがかえって混乱の元凶になったのではないか』
 禰津元直は憤慨した口調で言葉を続ける。
『棟綱(むねつな)殿は滋野(しげの)一統が他力を必要としていないと申されたが、それは少し悠長に構えすぎではあるまいか。事実、われらは小県(ちいさがた)の所領を守るだけで四苦八苦しており、決して安穏としていられる立場ではない。信濃(しなの)で最も由緒あるわれら一統が存亡の危機にあるというのに、村上が好かぬという稚拙な理由だけで同盟の話を蹴散らすとは、もってのほか。これでは滋野一統が誇ってきた血の結束がばらばらになりかねぬ。上に立つ者は、もっと鋭敏に危機を感じ取るべきなのだ。そうは思わぬか、幸隆殿』
 元直はあからさまに惣領(そうりょう)への不満を口にした。
 ――確かに、われらが鷹揚(おうよう)に構えている余裕はなさそうだ。面目にこだわっているばかりでは、足許をすくわれかねぬ。
 現状に対する見解は、幸隆も同じだった。
『元直殿の申されることは、至極ごもっとも。されど、ここはぐっと堪(こら)え、上杉(うえすぎ)憲政(のりまさ)殿からの返答を待ちませぬか』
『それが手遅れにならねばよいがな。今ならばまだ村上とも話す余地がある。ただ意固地になるだけでは状況は改善せぬ』
 元直は不満そうに吐き捨てた。
『村上の件は、それがしから幸義(ゆきよし)殿にもう一度話してみますゆえ、どうかご堪忍を』
 幸隆は執り成しをしたが、禰津元直の不信感は根深いようだった。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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