十四 (承前) 件(くだん)の評定があった後、禰津(ねつ)元直(もとなお)が幸隆(ゆきたか)に詰め寄ってきた。 『幸隆殿、そなたもこのまま手をこまぬき、何もせぬままで凌(しの)げるとお考えか?』 『……決して安易にやり過ごせるとは、考えておりませぬが』 『ならば、なにゆえ、わが策に賛同してくれなかったのか?』 『それは……』 幸隆は次の言葉を言い淀(よど)む。 ――やはり、村上(むらかみ)義清(よしきよ)を信用できぬからだ。 その一言を吞み込んだ。 『……最も成算のありそうな策を模索するためにござりまする』 『それがかえって混乱の元凶になったのではないか』 禰津元直は憤慨した口調で言葉を続ける。 『棟綱(むねつな)殿は滋野(しげの)一統が他力を必要としていないと申されたが、それは少し悠長に構えすぎではあるまいか。事実、われらは小県(ちいさがた)の所領を守るだけで四苦八苦しており、決して安穏としていられる立場ではない。信濃(しなの)で最も由緒あるわれら一統が存亡の危機にあるというのに、村上が好かぬという稚拙な理由だけで同盟の話を蹴散らすとは、もってのほか。これでは滋野一統が誇ってきた血の結束がばらばらになりかねぬ。上に立つ者は、もっと鋭敏に危機を感じ取るべきなのだ。そうは思わぬか、幸隆殿』 元直はあからさまに惣領(そうりょう)への不満を口にした。 ――確かに、われらが鷹揚(おうよう)に構えている余裕はなさそうだ。面目にこだわっているばかりでは、足許をすくわれかねぬ。 現状に対する見解は、幸隆も同じだった。 『元直殿の申されることは、至極ごもっとも。されど、ここはぐっと堪(こら)え、上杉(うえすぎ)憲政(のりまさ)殿からの返答を待ちませぬか』 『それが手遅れにならねばよいがな。今ならばまだ村上とも話す余地がある。ただ意固地になるだけでは状況は改善せぬ』 元直は不満そうに吐き捨てた。 『村上の件は、それがしから幸義(ゆきよし)殿にもう一度話してみますゆえ、どうかご堪忍を』 幸隆は執り成しをしたが、禰津元直の不信感は根深いようだった。